22 暁の円卓会議
案内役の衛兵を先頭に中庭を抜け、私達は城の回廊にたどり着いた。どこまでも続くかのように磨き上げられた大理石の回廊。高い天井からは豪奢なシャンデリアがいくつも吊り下げられ、壁に掛けられた巨大なタペストリーには、建国神話に登場する英雄たちの姿が色鮮やかに織り込まれている。
等間隔に立つ衛兵たちは私たちが通り過ぎるたびに、まるで彫像のように微動だにせず敬礼を送ってきた。
「わー、すっごーい! 見てみて先輩。ほら、あのステンドグラス! めちゃくちゃ綺麗!」
ルナが子供のようにはしゃぎながら天井付近の窓を指差す。窓から差し込む光が床に虹色の模様を落としていた。その隣でリアは私の肩にぴったりと張り付き警戒を解かない。
「モニカ、気を付けて。そこら中に罠が仕掛けられてるかもしれない。不自然なほど豪華すぎるわ。ほら、あの甲冑の置物なんて今にも動き出しそうよ。まさか、生きたまま捕まってそのまま置物に……」
「そんなわけないでしょ。もう、リアったら前捕まったからって警戒しすぎよ。今回は招待客なんだから大丈夫よ。まあ、地下宝物庫に侵入したことを許してくれてるならだけど」
「先輩、それ全然フォローになってないんじゃない?」
私とリアの掛け合いにルナが苦笑しながら答える。前回ここに来たときは衛兵たちの目を盗み、影から影へと駆け抜ける侵入者だった。
それが今や正面から胸を張って歩いている。皮肉なものね、と心の中で自嘲する。この国の在り様がたった一夜で変わってしまったことの証でもある。それともユリアンが寛大深いかだ。
案内された衛兵に連れられて歩くこと数分。私たちは、ひときわ大きく威圧的な装飾が施された両開きの扉の前で足を止めた。扉の上部には王家の紋章である「剣と天秤」が金色に輝いている。
衛兵が重い扉を押し開くと中のざわめきがふっと静まり返った。肌を刺すような何十もの視線が一斉に私たちに突き刺さる。
内側は巨大な円形のホールだった。中央には磨き抜かれた黒曜石の円卓が鎮座し、その周りを囲むように高価そうなベルベット生地の椅子が並んでいる。すでに席のほとんどは埋まっており、きらびやかなドレスをまとった貴婦人や、厳めしい顔つきの魔術師たち。
そして衛兵隊の隊長や研究者らしき人たちと見受けられる者たちも着席している。そのすべての目が私たちを品定めするかのように見つめていた。
「うっわ……、すごい空気。ねえ先輩、あれが円卓会議ってやつ?」
「みたいね……」
息を呑むルナに答えながら、私は指定された席へと向かう。場違いにもほどがある。闘技場でドラゴンと戦うほうがよっぽど気楽だったかもしれない。
私が席に着くと再びざわめきが戻った。ひそひそと交わされる会話の中に「雷鳴のエリーゼ」だとか、「ハンス様を討った」だとか、私の名前が混じっているのが聞こえる。
――その時だった。
ホールの入口が再び開き全てのざわめきがピタリと止んだ。まるでこの瞬間のために世界が息を止めたかのようだ。
そこに立っていたのは一人の青年だった。
陽の光を溶かして固めたような輝く金色の髪。雪のように白い肌。神が丹精込めて作り上げたかのような完璧な顔立ち。ルナが言っていた通り、その容姿は人間離れして美しかった。けれど、それ以上に私の目を引いたのは彼の瞳だった。
夜明けの空を思わせる淡い紫色の瞳。その奥には一切の感情が映っていなかった。ただ、底なしの静寂と全てを見透かすような冷たい光だけが宿っている。
彼こそがこの国の新しい指導者、『暁のユリアン』。
彼はゆっくりと歩を進め円卓の最も上座にあたる席に着いた。その一つ一つの所作に無駄がなく、まるで熟練の役者のように洗練されている。彼は席に着くとホール全体を見渡し静かに口を開いた。
「集まってくれた同胞たちに感謝する」
穏やかで涼やかな声。けれど、その声には有無を言わせぬ響きがあり、ホールにいる全員が彼の言葉の一言一句を聞き漏らすまいと身じろぎもせずに集中していた。
「ご存知の通り我が国は今、存亡の危機にある。国王、ハンス・E・ゲッフェルトの圧政は、そこに座る英雄『雷鳴のエリーゼ』の手によって終わりを告げた。まずは彼女の勇気と功績に心からの賛辞を送りたい」
ユリアンが私に視線を向け静かに拍手する。それに合わせるように、しだいに拍手が起こった。私はただ無言で会釈を返す。
「しかし、指導者を失ったいま国は混乱し、各地で魔物が活性化する兆候も見られる。我々にはこの国を立て直し人々を導く新たな秩序が必要だ。そのために、私はこの円卓会議を招集した」
彼は一度言葉を区切ると、その紫色の瞳で私を真っ直ぐに見据えた。
「混乱の根源、それは言うまでもなく今もこの世界にその憎しみを撒き散らしている存在――、『魔王イヴ』だ。我々の目的はただ一つ。イヴを完全に再封印し世界に真の安寧を取り戻すことにある」
イヴの再封印という言葉に胸元のアミュレットがまた微かに熱を持った気がした。
「そして、その計画の鍵を握るのが彼女と同じく、その身に強大な力を宿す者たち……『イヴの子供たち』だ。彼らの力を集め、封印の儀式を執り行う。これこそが、我々が取るべき唯一の道だ」
ユリアンの言葉に、ホールは賛同とも驚きともつかない、新たなざわめきに包まれる。彼はそれを気にも留めず、私に向かって続けた。
「雷鳴のエリーゼ。君もまた『イヴの子供』の一人。君のその力とドラゴンさえも討ち滅ぼしたその実力をもって、各地に散らばる同胞たちの捜索と保護をこの私から直々に命じる。引き受けてくれるね?」
それは依頼の形をした拒絶を許さない命令だった。彼の冷たい瞳の奥に全てを計算し尽くしたチェスの打ち手のような冷酷さが見えた気がした。
私に断るという選択肢は初めから存在しない。私はゆっくりと立ち上がると目の前の美しい指導者を強く睨みつけた。
「ええ……、その任務、謹んでお受けします」
ここから、私の新しい旅が始まる。それはきっと、これまで以上に過酷で、これまで以上に理不尽なものになるに違いない。




