18 戦いの余波
「モニカ……、やったのか……?」
すぐにルドルフが私に駆け寄り肩を支えると私は力なく頷いた。
「ええ、なんとか……」
だが、喜びは一瞬だった。闘技場の出口から聞き慣れた声が響く。
「モニカ! 無事なの!?」
リアだった。彼女の小さな体が私の前に飛び込み、涙目で私を抱きしめる。
「リア……! 生きてたの!?」
「当たり前でしょ! あんたを置いて死ぬわけないじゃない!」
リアは笑いながら私の頬を叩く。私は彼女を抱き返し、胸の奥で温かいものが広がるのを感じた。しかしそのにいるはずがないもう一人の「知り合い」がいつものニヤけた笑顔で近づいてくる。
「へへ、さすがはエリーゼさん。いや、もうモニカさんって呼んでもいいですよね。見事なヤドリの発動でしたよ」
私はディルクを睨みながら疲れた笑みを浮かべる。
「用事があるって言ってなかったっけ?」
「おやおや、そんな目でアタシを見ないでくださいよ。目的地に行く途中でたまたまリアさんがここに連れられて来ている噂を耳にして、たまたま運良く救出できただけですよ」
そんな私達のやり取りをルドルフは黙って見ていた。彼の目は複雑な感情に揺れている。私は彼に視線を向けると静かに言いった。
「ルドルフ……いや、真名はルーカスだっけ? 私はまだあんたを父親とは認めてない。でも……、今日はありがとうとだけ言っておくわ」
彼は一瞬驚いた顔をしたがすぐに目を逸らす。
「ふん……、礼を言われる筋合いなんかねえよ。……こんな俺なんかにはな」
だが、その声にはわずかな温かみが含まれていた。
空を舞っていた闘技場の砂塵が静かに地面に落ち観客席の喧騒が遠ざかる。私はダガーを腰にしまうと、リアを肩に乗せながらゆっくりと出口へと歩き出す。
なぜだかディルクがニヤニヤしながら後ろをついてくるが、ルドルフも少し私達と距離を取って先の方を歩いている。透き通った青空を見上げながら歩く後ろ姿は心ここにあらずといった感じだった。
「モニカ、ほんとに大丈夫? お腹の傷、ちゃんと手当てしないと!」
リアが琥珀色の瞳を向け心配そうに私のローブをその小さな手で引張る。私は滲んだ血を見て苦笑した。
「大丈夫よ、リア。こんなの、いつものことだから。それにもう傷は完全に塞がっているから問題なし!」
「いつものことじゃないわよ! もう、ほんと無茶するんだから!」
彼女の小さな拳が私の頭を軽く叩く。その温かさに胸の奥がじんわりと熱くなった。ふと、ディルクが咳払いしいつもの調子で口を開く。
「こほん、さすがはモニカさん。ドラゴンを倒すなんて情報屋の私でも予想外でしたよ、へへ。さて、これからどうします? 国王を失ったこの国の混乱はこれからが本番ですよ。ほら、あの馬車の連中……、特にあの金髪の青年はただの罪人じゃなかった気がするんですよねぇ」
私はディルクを睨んだ。
「また何か隠してるでしょ? 後で全部吐いてもらうから」
「へへ、もちろんですとも、約束しますよ」
ふと、ルドルフの背中が目に入る。私は足を止め、地面に血と砂まみれで落ちていた帯剣のシックザールを両手で拾い上げ柄が上になるように持ち上げ地面に突き立てた。この剣はかつて父の「形見」だった。でも、今はこんなところに放っておくべきものじゃない。
「ルドルフ!」
私は声を張り上げるとルドルフが振り返り、その傷だらけの顔で私を見る。その目は、かつて私を殺そうとした冷酷な獅子ではなく、どこか疲れ果てた男のものだった。
「これ、あんたのものよ」
私はシックザールを持ち上げた剣を倒れないように両手で支え、ほら受け取ってと顎で示す。彼はゆっくりと近づいて来たが手が一瞬震え受け取るのをためらった。私は無理やり剣を押しつけ目を逸らす。
「まだあんたを父親とは認めない。でも……、いつか全部話して。あんたが何を背負ってきたのか、ちゃんと聞くから。それまで、絶対死なないで……」
ルドルフの背線がわずかに揺れる。彼はシックザールをしっかりと握りしめた。彼は剣を肩に担ぎ闘技場の出口とは逆の方向へ歩き出す。その背中が小さくなるのを見ながら、私は拳を握りしめる。
十五年の空白はそう簡単には埋まらない。けれど、ルドルフにはこの気持ちが届いたんだと思う。何も言わなかったが、彼の顔には決意の表情が宿っていた。
家に戻ると、丘の上の小さな魔導具屋「アンネの贈り物」が月明かりに静かに佇んでいた。扉を開けると、お婆ちゃんの声が響く。
「モニカ! リア! 無事だったかい!?」
エレナが杖をつきながら駆け寄ってくる。私は彼女を抱きしめ疲れ果てた体を預ける。
「うん……、なんとかね。ごめん、勝手に飛び出して」
「もう、心配したんですよ! でも……、よかった、本当に」
彼女の声が震える。リアが私の横で鼻をすすり、ディルクは遠慮がちに店のドアの近くにもたれた。私はハンスとの戦いやルドルフのことを話そうとするが言葉が喉に詰まる。代わりに、ただこう呟く。
「全部、明日全部話すね。今は……、ちょっと休みたい」
エレナは私の髪を撫で静かに頷く。
「ええ、そうしなさい。どんなことがあったとしても、ここはあなたの家なんだから。モニカ、おかえりなさい」
私とリアは二階の自分の部屋へ、ディルクは一階奥にある客間に泊まることになった。その夜、ベッドに横になりながらアミュレットを握りしめる。母の形見が仄かに赤く光り、胸の奥で少女の声が響く。
『モニカ……、ここから始まるのよ……。そう、すべてが』
私はふと目を閉じる。イヴの声、ヤドリの力、国の混乱――すべてが頭を巡る。ハンスを倒したのに、なぜか不安が消えない。ディルクの言葉が耳に残る。あの馬車の青年と少女……、彼らは何者だったのか。
翌朝、店の扉を叩く音で目が覚める。リアが慌てて飛び起きドアを開けた。そこには王宮の衛兵が二人仰々しく立っていた。
「雷鳴のエリーゼ殿。国王の名代により円卓会議への召喚を命ずる」
私はアミュレットを握り、立ち上がる。リアが私の手を握り、ディルクがニヤリと笑った。
「さあ、行くわよ」
私は呟き、王宮への道へ足を踏み出すのだった。
第一章 小さな侵入者 完
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