15 ドラゴンの襲撃
「ド、ドラゴン!?」
大きな黒い影が地面を覆った。二百年前の大震災である『大嵐』により絶滅するまでは実際に存在していたと古い本で呼んだことがある。かつては空の支配者とも呼ばれ、対抗手段としてさらに魔法技術が飛躍的に進化した。討伐専用の部隊までが組織的に出来上がり、それが今の国を守る衛兵隊の起源でもある。
しかしその存在はあまりにも古く、今では神話に出てくるおとぎ話だと信じるものも少なくはない。少し前、この国で密かにドラゴンを飼っているなんて噂が流れたことがあった。たぶんいまこの闘技場に来ている貴族の誰かがドラゴンについて口を滑らしたのだろう。
やはりというか当然のごとく、皆心の底からはドラゴンの存在を信じていなかった。王様がペットの犬に『ドラゴン』という名前を付けたんだとか、異国から連れてきた最強の戦士を『ドラゴン』と呼んでいるのだとかそんな感じ。だけど実際には違かった。ハンス国王自身が変身した姿、もしくは人間としてずっと生きてきた本物の……正真正銘のドラゴンだったのだ。
その漆黒のドラゴンは柱から勢いよく飛び立つと闘技場の上空を観客席に沿って滑空し始めた。私達の近くにいた衛兵たちや観客は突然のドラゴンの登場に歓喜の声を上げる。
そしてドラゴンが火を吐きながら咆哮を上げながら観客席ギリギリを飛行し始めると皆は両手を上げ喜び、残っていた衛兵たちは建物内に散っていった。
ドラゴンは笑い声を上げると私とルドルフの二人前へと勢いよく着地する。その衝撃で目の前の砂埃は衝撃波のように巻き上がり私達を襲った。やっと収まったかと思い目を開けると不気味に黒い鱗を光らせたドラゴンが私達を見下ろす。ルドルフは剣を構えると驚いた表情でその圧倒的存在を見上げる。
「お、お前は何なんだ!? ドラゴンに変身できるのか? それとも人間の姿をしていた本物のドラゴンなのか?」
「まあ、半分正解だ。お前の娘がフロイントの血と相性が良いように、オレもドラゴンの血と相性が良い。魔術師になるための血の儀式、アレは何回でもできる。お前たちもそれは知っているだろう?」
「ええ、儀式をするたびに成功率は下がっていくけど確実に魔力が倍々に増えていく。まあ、何回でもと言うけれど出来ても二回ほど。それ以上成功した人を私は知らないわ」
今度は私が答えた。
「そう、二回以上成功した者はいない、オレを除いてな。いやオレたちか……。もともと魔物の血に耐性のある珍しい体質でね。それにこれはオレだけじゃなく一族みんながそうらしいんだ。だからゲッフェルト家は今までに魔物に対抗しここまで繁栄してこれた。まあ、他の奴らは王家に魔物の血が流れているなんて知られたくないから黙っていたがな」
それを聞いたルドルフは大げさにため息を吐いた。
「はあ……、お前の一族に同情するよ。いままで黙ってきたのにお前が全部バラしてんだからな。それにこんな闘技場まで建てやがって。国民の汗水垂らして稼いだ税金で何馬鹿なことをやっているんだよ」
「おいおい、待ってくれよ。税金を使ったなんて誰も言ってないだろう? ここはもともと円形劇場だったんだ。そこをオレが改造したんだよ。まあ、金持ちたちに上手いこと言って建てさせたんだけどな。もちろん知っているのはほんの一部だけさ」
「じゃあ、その一部の人間は嫌気が指してここのことを漏らしたんだろう。いま国中でドラゴンのことが噂になっているぞ」
「噂ねぇ……。まあ、そのうちその噂も止むだろう。だってオレたちがやっていることは喜ばれることがあっても、憎まれるここはないからな」
「は? そんなわけ無いでしょう!?」
「ここで殺し合いをしてるんだぞ! 誰が喜ぶっていうんだよ」
私とルドルフは同時に声を上げた。ハンスは言葉を続ける。
「殺し合い? 当たり前だろ。なんたってここは……罪人のための処刑場なんだからな。暴動、窃盗、詐欺に放火。そんなものじゃない。快楽殺人や連続殺人、魔法の暴走や魔族との交流。その他重罪人たちをここに捕らえ、互いに殺し合いさせている。これもこの国の平和のためなんだよ」
「だから喜ばれることがあっても、憎まれることはないって? 確かに犯罪者は許せないし罪を償うべきだわ。でもだからってどんなことをしても良いって事にはならない。本当に心までも『魔物』になったんじゃない?」
ドラゴンは鼻で笑うと両手を広げた。
「いまさら何言ってる? とっくにオレは人間を止めているんだよ」