13 戦闘開始
私とルドルフの二人はお互いに背中を向け合い、広い円形闘技場の真ん中でただただ立ち尽くしていた。魔道具であるダガーナイフは奪われ、手元にあるのは普通の剣。これでは魔法が使えない。
国王ハンスは高笑いしながら二階席にある自分の特等席へと歩いていく。私達が追いかけようと駆け出すもすぐに衛兵たちに行く手を阻まれてしまった。
徐々に近づいてくる衛兵たちに空が割れんばかりの歓声が私たち二人を包み込む。見渡せば溢れんばかりのひと、ヒト、人。大半が貴族や裕福層だと見て取れる。そして観客のボルテージが最高潮に達したとき開始のゴングが鳴り響いた。
相変わらずルドルフは生気の抜けた表情で遠くの方を眺めていた。私は複雑な気持ちを胸に抱きながらも、背中越しに肘で攻撃するとルーカスに声をかける。
「ちょっと、ちょっと! もっと目の前の現実に集中してくれる? それとも私一人だけに戦わせるつもり?」
「バカ言え俺も戦うに決まってるだろ、お前の方こそ剣は扱えるのか?」
「当たり前でしょう? 魔法が使えない今まさにこういう状況を想定して普段から剣技も習得してるに決まってるでしょ!」
「ふっ、やるじゃねえか。さすがだ」
私はもう一発、今度は強めに肘で殴る。流石に痛かったのかルドルフが「うっ!」と、うめいた。
「あのねぇ、私はまだあなたの事を父親だとは認めていないし、許してもいない。だけど、これだけは言っておく。絶対に死なないこと、いいわね? もし私以外の誰かに殺されたら……本当に許さないから」
「お前……」
「ほら、来るわよ!」
私達に話をさせまいと次から次へと衛兵たちが剣を振るってくる。しっかりと相手の剣筋を見て予測して確実に攻撃をからしたり受け流したりして対処していく。
しかし私が普段から使っているダガーに比べかなりの重さの違いがあるため結構体力の消耗が激しい。ふとルドルフの方を目で追ってみたが彼の方は私よりも簡単に敵の攻撃を捌いているようだった。
その時だった。ルドルフは「くそ、ちまちまとめんどくせぇ」と叫ぶなり、唐突に私の方へ走ってきた。そのあまりの形相に身構える。すると彼はおもむろに私の手を掴むと自分の背中へと触れさせた。何が何だ分からない私はびっくりして手を引っ込める。
「ちょっと! いきなりなにするのよ!?」
「おい、いいから手を貸せ! 俺の背に手を置くんだ!」
また勝手に私の手を掴んで自分の背に触れさせる。
「だからなんで勝手に――」
「五秒だ」
「え?」
ルドルフの真剣な眼差しと目が合う。冗談では無いようだ。
「効果があるのは五秒だけだ。効果が切れると俺達が魔法を使えるのがバレてしまう。だからその前に終わらせるんだ。俺の背中には魔法陣が刺青で入っている。魔法は『舞空陣』、加速の魔法だ」
ああ、だから身体が青白く光っていたのかと西の森で起きていたことを思い出していた。あれは無詠唱魔法じゃなくて魔法陣による省略魔法だったのね。でも待てよ? 私は不思議に思ったことを彼に質問をする。
「確かにその方法だったら魔法名だけで発動可能だけど身体に激痛が走るはずよ。まず立ってなんかいられないはず。私も手に魔法陣を描いて試したことがあるけど痛みで手を切り落としたくなるほどだったわ」
私がそう言うとルドルフは深い溜め息を吐いた。
「俺も『イヴの子供』なんだ。そして俺の宿名は『アナペイン』。痛みを一切感じなくなる能力だ。身体の痛みも……精神的な痛みもな。だから俺は何をしても痛みを感じないんだ。武闘大会で傷だらけになろうと、アンナが亡くなろうと、実の娘に手をかけようとも、何もな……」
私は何も言えなかった。ただその時の彼の背中はすごく大きく感じ、彼もまた被害者なんだと何故か私はそう思ってしまった。
「じゃあ、準備はいいか?」
私は思いっきり首を振り余計な考えを振り払うと覚悟を決めた。
「ええ、いつでもいいわ。……覚悟はできてる」
「よし、加速しろ、舞空陣!」