12 小さな侵入者
翌日、私は思っていたよりスッキリとした気持ちで目が覚めた。ルドルフを殴ったからなのか自分の中では一応決着がついたのかもしれない。でもルドルフのことは許したわけではない。今の状況を『納得』した。ただそれだけのことだった。
私はゆっくりと横になった身体を起こすと周りを見回した。すると近くでディルクが木の盆に乗った朝食のパンを掴みミルクで流しているところだった。彼は私が起きたのに気づくと私の分の朝食を渡してくれた。渡された盆を両手で受け取る。
「……うん、ありがとう」
「どうです? 少しは落ち着きましたか?」
「ええ、なんとかね」
私はパンをちぎって口に運ぶとミルクで無理やりお腹に流し込んだ。ふとルドルフの方を透かし見たがいないようだった。目がかすれているせいなのか手で擦ってみたがそうじゃないらしい。
「あいつは? 仲間たちと和解した……ってわけでは、ないんでしょうね」
「武闘会の最初の一人に呼ばれたようですね。先ほど連れて行かれました。もともとここですべての決着を付けるつもりだったようです」
「すべての決着?」
「国王ハンスに都合の悪いすべての者をここで消すつもりです。だから力あるものや秘密を握っている者を集めていました」
そういえは噂でなんとなく聞いたことはあった。魔族とつながり国を売ろうとしているとか、人間を魔族の実験に使ってるとか、そんな噂。
「なるほどね、あれでしょう? 罪人たちで戦わせるってやつ。でもあいつなら楽勝なんじゃない? 弱ってはいるけどさすがに負けはしないでしょ」
私は朝食を食べ終わり伸びをしているとディルクは少し焦っているようだった。
「そうでもないようですね。もしかすると殺されるかもしれません」
ディルクの言葉に私は動きを止めた。
「どういうこと?」
ディルクの話によると多勢に無勢でルドルフ一人に対し、武器を持った衛兵百人をぶつけるらしい。なにそれただの処刑じゃない!? 私がどうにか出来ないのかとディルクに尋ねると、待っていましたと言わんばかりに彼は笑顔を見せた。
「へへ、そういうと思っていましたよ。ささっ、こちらに!」
ディルクは牢屋のドアに近づくと右肩を触れる。すると鉄格子のドアは一瞬の間に彼の『アイテムボックス』に収納された。するとディルクは仰々しくその空いた所に手を差し出した。
「どうぞ。レディーファーストです、エリーゼお嬢様」
私は深いため息を吐くと少ししゃがんで鉄格子を潜った。
「疲れているからもう突っ込まないからね」
「あなたが言いたいことは分かりますとも。しかし――」
「はいはい『今じゃない』でしょ? なにか理由があるのかもしれないけど私に言ってくれても良いんじゃない?」
「すみませんね、今は何も訊かないで下さい。でもこれが終わったら全て話しますので」
「……はあ、分かったわ。で? ルドルフはどこに連れて行かれたの?」
ディルクも牢から出ると収納していたドアを元の場所に戻した。牢は何事もなかったようにもとに戻る。そして彼は右手方向を指差し「この先の階段を登って行きましたよ」と続けた。
「分かった、じゃあ私はもう行く。何をするのか分からないけどあなたも気を付けてね」
「ええ、また会いましょう。それではアタシもこれで」
私達は互いに逆方向に走り出すと先を急いだ。どうにか間に合わせないと。私に何ができるのか分からないけどそんなルドルフの最後は望んでいない。しっかりと『責任』を取ってもらうまでは……。
私はできる限り全力で階段を駆け上がっていた。二回ほどフロアを登ったくらいだった。段々と観客の歓声が聞こえてくる。
さらに登るとやっと出口が見えてきた。ゲートの近くで衛兵が二人こちらに背を向け立っている。私は衛兵にぶつかるとよろめいた隙に腰に下がった剣を引き抜き闘技場の中心に向かって駆け出した。
「おい、お前ちょっと待て! 侵入者だ!」
私は背後に聞こえる声を無視してルドルフの姿を探す。するとルドルフがちょうど百人の衛兵たちに囲まれようとしたところだった。私は彼の背後に両手で剣を構えて立つと、何が起こったのか分からないルドルフが小声で聞いてくる
「お、お前、なんでこんな所に――!」
「黙って、説明は後で! ほら、来るわよ!」
「ったく!」
ルドルフも理由もわからず剣を構える。
と、その時だった。拍手をしながらふっくりと近づいて来る影があった。国王ハンスだ。
「ほお? ここにも城にいた小さな侵入者がいるみたいだな。これが家族の愛ってか? 美しいじゃないか。なあ? ルドルフ・ラングハイム!」