11 空白の十五年
牢屋に投獄されてから一体どのくらいの時間がたったのだろう? 相変わらずルドルフは部屋の隅の方でうずくまっていた。私とディルクはその姿を少し離れたところから複雑の状況で見ていた。一時の沈黙が流れる。そんな中最初に口を開いたのはディルクだった。
「まさかあのルドルフ・ラングハイムがあなたの父親だったななんてびっくりしましたよ。私もそこまでは知りませんでしたから。この状況から察するにあなたも……知らなかったようですしね」
いつもとは違い、落ち着いた少しトーンの下がった口調で彼は私に話しかけてきた。いや、もしかすると独り言だったかもしれない。けれど私は自然と口が開いていた。
「うん……、まだ理解が追いついていない。分かんない」
それが私の答えだった。それ以上でもそれ以下でもない。本当に何も分からなかった。
死んだと思っていた父親が生きていて、その父親がまさかの親衛隊の隊長で国家魔術師の実技試験感もやっている。しかも格闘大会の連続優勝者で裏では悪事も働いていた。
お母さんを見殺しにしたうえ私達家族を捨てた。更には自分の実の娘にさえも手にかける。私の持っていた耐性のお陰で毒で死ななかったものの、確かにルドルフは私の命のロウソクを蹴り倒した。明確な殺意を持って、しかも笑いながら。
けれど幸いなことに、今にも消えそうなその灯火をディルクに手伝ってもらって私はなんとか立て直すことができたんだ。それなのに……は? ふざけてるの?
「……ふざけてる」
「え?」
突然の独り言にディルクは怪訝な顔をして思わず覗き込んでくる。私は沸々と湧き上がってくる怒りのまま気づけば立ち上がっていた。一歩、また一歩と、歩幅が大きくなりルドルフの胸ぐらを掴む頃には殴るように倒れ込んでいた。
私は彼の胸ぐらを掴みそのままの勢いで背を壁に叩きつけた。ルドルフの体はあっけなく打ち付けられその軽さに驚いた。彼は抵抗する気力さえもないようだ。ぐったりと垂れた顔には涙がにじみ、松明の揺れる灯りに鈍く照らされていた。
「あ、なんたはね! あんたはねぇ――!」
胸ぐらを掴んでいないもう一方の手で殴ってやろうかと掲げた手に力を入れたが、あまりの抵抗のなさに一瞬躊躇してしまう。しかしその掲げられた拳に怒りの逃げ道はなく、私は更に力を入れルドルフの頬へとその拳を喰らわせ、打ち抜いた。
彼の体はいとも容易く地面に叩きつけられると堪らずうめき声を漏らす。しかしやはり身体に力が入らないのか床に突っ伏したまま動かなくなった。
「くそっ! くそっ!」
普段の私ならここまで暴言は吐かない。その時の私はどうかしてた。けれど私はものすごくイラついていた。怒りが収まらなかった。
悪の権化となったルドルフに。家族を捨て父親として何もしてこなかったルドルフに。そしてそれを許せなかった私に。ルドルフを殴った私に。抵抗もできない、戦意を失った者を殴った私に。
十五年という長過ぎる空白の時間に――。
「はぁ、もうどうでもいい」
私は力なくその場に座り込んだ。何もかも無駄だった。私が魔法使いになったのも両親の復讐のためでもあった。この国に殺されたから。頑張って勉強して、のし上がって、国家魔術師になれば国王に近づける……はずだった。
でもそんな価値なんてなかった。本当に苦しんだこの時間は何だったんだ。
私はもう考えるのをやめ、来たるべきその瞬間が来るのを待った。早く終われせてくれ、そう願うとさっきまでの怒りはスッと消え深い眠りへと私は落ちて行くのだった。