10 牢獄
砂漠にある円形闘技場。私は何か殺気立った気配を感じて細目で見上げる。それは夜の暗がりの中でも淡く発光しているかのように見えた。建築されて結構年月が過ぎているはずのそれは魔法がかかっているのかあまり風化していないようだった。
私達はルドルフとその手下たちに囲まれながら闘技場の裏へと回ると地下へと続く螺旋階段へと足をかけた。
拘束具を付けられたまま闘技場の地下へと降りていく。そして最下層に到着すると、どこまでも続く暗くて先の見えない通路にたどり着いた。みんな何も話さず松明の動きで「先へ進め」と合図する。
レンガ造りのその通路は天井部分がアーチ状になっている。しかしそこに存在するはずの天井は闇に飲まれ確認できない。両側の壁に設置された松明と手に持った灯りだけが唯一の光だ。
少し歩くと両側の壁は牢屋の鉄格子に変わり、幾重にも牢屋が連なっていた。扉がないもの、物置になっているもの、ドクロが並んだもの、そしてまだ人が入っているものまであった。
聞いた話によると闘技場に罪人を集め互いに争わせ、その戦っている光景を安全な観客席から貴族やら裕福層と呼ばれる者たちがお酒を嗜みながら観戦しているという。それはそれは高尚な趣味ですこと。
そして私達は突き当りまで来たところでようやく私たちは足をとめた。一番奥の牢獄に前で誰かが壁にもたれかかって立っているのが薄っすら見えた。その人物は私たちに気付くと軽く手を上げ近づいて来る。
金髪のくせっけが強い長髪で、色白の三〇代の男性。私はその人物の顔を見て思わず声をあげそうになった。この国の王、ハンス・E・ゲッフェルトだったからだ。
普段は豪華な正装をしている国王だが今日に限っては黒基調のシックな服装に身を包んでいた。
「よう、ルドルフ・ラングハイム。ずいぶんと遅かったな。お前がその娘に手を焼くとは。まあ、無理もないな。しかし――」
「陛下! ……俺はこれで失礼する」
どうも様子がおかしい。ルドルフがその場を早々に立ち去ろうとした瞬間、彼のまわりを囲む衛兵たちがルドルフを後ろ手に取り押さえた。ルドルフは怪訝な顔をすると、国王ハンスの方へ振りかえる。
「これはどういうつもりだ、ハンス? 話が違うじゃねぇか。貴様、よくも俺をだましてくれたな」
「口を慎め、ルドルフ・ラングハイム。オレがいつ助けると言った? オレはただ『楽になれる』と言っただけだ。忘れたのか? おい、こいつも一緒に牢に入れておけ」
そう命令された衛兵たちはルドルフの体を掴み牢へと押し込んだ。私とルドルフとディルクが同じ牢へ。一緒に荷台に乗っていた残り二人は別の牢へと連れて行かれた。
抵抗しようとルドルフは暴れるが、さすがに複数の衛兵を相手では歯が立たない。私たちも乱暴に牢へ放り込まれ、扉に錠を掛けられてしまう。「ああ、そうだ」とハンスは去り際こちらへ振り向いてルドルフと目線を合わせるようにしゃがみ込む。そしてハンスは私の方に目線を合わせるとニヤリと笑った。
「そこの娘よ、確か『雷鳴のエリーゼ』と言ったか? いや、もう隠す必要はないか、そうだろモニカ。ひとつ、いい事を教えておいてやる。実はな……」
「貴様、そのことだけは言わない約束だろう!」
ハンスの言葉に反応して、ルドルフがものすごい形相で鉄格子にしがみついた。ハンスは「おっと、危ない危ない」と笑うと、軽い身のこなしで後ろへ飛び退いた。
いつものルドルフとは違い、感情的になっている。だがハンスは話をやめようとするそぶりはない。むしろこの状況を楽しんでいるようだった。
「モニカ。いまお前の前にいる男、ルドルフ・ラングハイムは、いや、ルーカス・レーヴェンタールはな、お前の――」
ルーカスと呼ばれたルドルフは鉄格子の間から手を出し、ハンスに殴りかかろうとする。
「おい、馬鹿、やめろ! 頼む、それだけは言わないでくれ。それだけは……」
彼の目からは大粒の涙がこぼれ、強くにぎりしめた拳からは血があふれ出す。
「――お前の、実の父親なんだよ!」
「え……?」
後ろから思いっきり頭を殴られたかのような衝撃に、口を開けたまま動けなくなってしまった。はぁ? こいつ何を言っているの? この男が私の父親? 馬鹿言わないでよ、お父さんは十五年前、城に連れていかれて死んだのよ。
ん? でもちょっとまてよ。私の心にふつふつと嫌なくらいに湧いてくる感情があった。そしてそれが私の心の奥深くへと突き刺さる。
もしお父さんが打ち首で死んでいなくて、ずっと生きていたとしたら? ルーカスの悪事がすべてハンス国王の命令したものだったとしたら? 私たち家族に迷惑がかからないように、自分ひとりだけで罪を背負っていたとしたら……?
私の頭の中は真っ白になってしまった。
「うそ……でしょう? こいつ、私の命を奪おうとしたのよ。こ、こんな奴が私の父親のはずがないじゃない! そうやって人の心を惑わせようとしているんでしょう? 私は騙されないわ!」
私の言葉にハンスは鼻で笑うと、そのまま何も言わずに去っていった。ルドルフは頭を垂れうつむいたまま、否定も肯定もしない。ただ静寂だけが私の耳の奥でうるさいほど響いているだけだった。