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09 差し伸べる手と揺れ動く感情

「ん、」


 寝てしまっていたのかと、まだはっきりとしない頭でこうなった記憶を呼び起こそうとするが思い出せない。不思議に思いながら隣で寝ているであろう柊弥さんへ顔を向けた。しかし、そこには彼の姿はなくて、寧ろ寝た形跡も無かった。

 時間を確認しようと身体をゆっくりと起こしてスマホをまだ慣れない視界で捜した。


「…リビングか」


 鞄の中からそういえば出していなかったなと思い出して、少しダルさを感じながらベッドから立ち上がった。

 彼はリビングに居るだろうと思いながら寝室を出れば、思いのほか真っ暗でシンとしていた。慣れない廊下を手探りで歩いて、リビングの扉を開けた。そして、また手探りで電気のスイッチを探した。

 カチッという音を立てて点いた灯りに少し目を細めて、慣れてきた視界で彼の姿を探した。


「いない、」


 予想していたソファーにも姿はなくて、キッチンの奥にあるあの部屋やバスルームなど部屋中を探し回ったけれど見つからなかった。

 部屋に居ないという事は何処かへ出かけたという事になる。理由は分からないけれど、何だか胸騒ぎがして素早く鞄からスマホを取り出した。画面に映し出された時刻は三時四十二分を示していた。

 こんな時間に何処にと思いながら彼の連絡先を表示させた時、玄関の鍵が開く音がした。咄嗟に顔を上げて、スマホを握りしめたまま玄関まで廊下を走った。


「何処に行っていたんですかっ?!こんな時間にっ!心配したんですよっ?!」


 起きていると思っていなかったのか、私の姿を見るなり彼は驚いた表情をした。そんな彼なんてお構いなしに声を張れば、目線を下げながら口角を上げた。


「何が可笑しいんですか?」


 そんな彼の態度に少しイラッとしてそう言えば、玄関の扉を後ろ手で閉めて近づいて来た彼の目は私を捕らえた。

 その目に不覚にもドキッとしてしまった。


「ごめんね」


 捕らえた目とは裏腹に柔らかい表情をした彼は私の頭を撫でた。


「そっ、そうやって誤魔化さないでくださいっ!」

「別に誤魔化してなんかないよ?」

「してますっ!」

「ふふ、そう言われてもな~」


 靴を脱いで部屋へ上がって私の横を通り過ぎた彼はリビングへ歩いて行く。そんな彼の後を追うようにつま先を反した。


「何処に行っていたんですかっ?!」

「ん?ちょっとコインランドリーにね」

「コインランドリー?」

「うん、乾燥機が壊れててさ、明日までに乾かないと思ったから」

「え?」

「凛ちゃんの下着」


 クルリとこちらへつま先を反した彼の手には私の下着が握られていた。

 ハッとするようにそれを彼の手から奪い取って隠すように背を向けた。


「なっ、ななななっ、何でそんな事っ、!」

「ん?だから、乾燥機が壊れてて」

「違うっ、!な、何でそんなに平然としていられるんですかっ!女性物の下着ですよっ!それもっ、本人の前でよくそんなっ、」

「あ、ごめん。明日もし仕事が入った時に乾いていなかったら困ると思って」

「…そ、それは、ありがとうございます、」


 そこまで頭が回っていなかった自分に少し恥ずかしくなった。考えが大人な彼に酷い事を言ってしまったと反省をして、下着を胸の前で抱えながら軽く会釈をした。





 先に寝ててと言った彼は何故かバスルームへと姿を消した。外に出たからかなと不思議に思いながらベッドの上で彼を待った。

 数十分後、良い香りをさせながら寝室へやって来た彼は「おやすみ」と言って背を向けた。それが何だか二人の間に壁が作られたみたいで、勝手に苦しくなる胸に手を伸ばした。


「好き、です、」


 お腹に腕を巻き付けるようにして背中へとくっついた。

 気持ちを口にすれば泣きそうになった。

 彼の匂いや体温を感じていれば、お腹へ回した腕が掴まれた。ハッとした時にはもう部屋の天井とカーテンの隙間から入ってくる月明かりで映し出された彼の苦しそうな表情が私の目に映った。

 その表情は胸を締め付けて、彼の頬に優しく触れた。


「なんでそんな顔するの?どんな柊弥さんも受け入れるから。だから、一人で抱え込まないで」


 彼の目が揺れて、少し俯く。顔を上げたと思えば頬にあった私の手を振り払った。その瞬間、あの狂気に満ちた目をした彼は両手で私の首を絞め始めた。

 余りの予想外な行動に驚いて、目を大きく見開き彼の両腕を掴んだ。

 息が出来なくて苦しくて、次第に聴覚も奪われていく感覚がして、「やめて」と言うように手に力を入れた。それでもやめてくれなくて、もう彼のされるがままになろうと目を瞑り掴んでいた手を放した。

 私を殺めて彼が楽になるのなら、もう静かに殺されよう。


「っ、はぁーっ!!ゲホッ!ゲホッ!」


 手が放されたと同時に大きく息を吸えば、肺に新鮮な空気が入ってきた。その反動からか噎せ返った。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ、」


 身体が空気を欲しがるみたいに荒い息が続いた。

 少し落ち着いてきてゆっくりと目を開けると、私の上に馬乗りになって涙を流している彼の姿があった。

 咄嗟に起き上がり抱きしめた。

 抵抗するわけでもなく、受け入れるわけでもなく彼はただ静かに肩を震わせた。





 目が覚めると、隣に居るはずの柊弥さんがいなくてハッとして飛び起きる。すぐにベッドから抜け出して足早にリビングへ行く。扉を開けて部屋を少し見回せば、キッチンに立つ彼の姿があって胸を撫で下ろした。


「おはよう」


 珈琲を入れていたのか、珈琲の良い香りが鼻を掠めた。お湯を注ぐそんな姿を見ていれば視線に気付いたのか、顔を上げた彼は穏やかな表情でそう言った。


「おはようございます」

「珈琲飲むよね?」

「はい。頂きます。あ、何かお手伝いしましょうか?」


 キッチンに立つ彼に近づきながらそう問う。近づくにつれて珈琲の良い香りが濃くなってホッとする。


「凛ちゃんはまず、顔を洗って歯磨きしておいで。あと、下着も」

「…はい、」


 あの後、彼はどうしてあんな事をしたのか話してはくれなかったけれど、ちゃんと謝ってくれた。「好き」だと言った事は無かったことになってしまったけれど、手を繋いでお互い向き合う様に眠れたから今はそれで充分だと思った。

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