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08 終わりの始まり

 柊弥さんがシャワーを浴びている間、ソファーに座ったまま彼が入れてくれたココアを啜る。そして、膝を抱えて部屋中を見渡す。彼らしい配色にどれもシンプルでお洒落な家具が揃えられていて、ひとつひとつ悩みながら選んだ彼を想像して顔が緩む。


「ふふ、かっこよすぎる」


 そんな独り言は静かなリビングに掻き消された。そんな私の目にふとある物が映った。なんだろうとソファーから立ち上がりそれに近づく。

 お洒落な本棚には似つかわしくないレトロな缶があって、手を伸ばして持ち上げる。軽くもなく重くもないその缶がどうしても気になって爪を引っ掛けて蓋を開けた。


「…バレッタ?」


 蓋を棚に置いて、缶の中に手を突っ込み一番上にあったバレッタを手に取った。


「どこかで見た事あるような、」


 それを手に持ったまま、缶の中を覗くと全て女性物の髪留めだということが分かった。なんでこんなにも沢山あるのだろうか。それも、なんでこんなレトロな缶に入れているのだろうか。


「何してるの」

「わっ!」


 急に後ろから声を掛けられて驚いた私は身体が跳ねた。その反動で手に持っていた缶とバレッタを落としてしまった。床に落ちた缶は大きな音を立てて、中に入っていた髪留めは散乱した。それを見て咄嗟に「ごめんなさい」と謝りながらしゃがみ込み、拾い集めようと手を伸ばした。


「触んなっ!」


 柊弥さんの怒鳴り声が部屋中に響いて、身体が硬直するのと同時に手を止めた。足早にこちらに歩いて来た彼は散乱した髪留めの前に屈み、手早く掻き集めて缶に戻して立ち上がった。

 私は動く事が出来なくて、彼を怒らせてしまったという申し訳なさと自分の愚かさに泣きそうになる。

 缶を元の場所に戻して私の前に来た彼は、一旦立ち止まり腕を掴み引っ張って立たせた。目の前がぼやけて、されるがまま状態で引っ張られる。

 洗面台に着いて、腕の袖を後ろから伸びてきた手によって捲られて「手、洗って」と優しく言われる。その声に我慢していた涙が溢れ出して、声を出してわんわん泣いた。


「え、」

「ごめんなさいーっ!」


 泣きながら謝って手で涙を拭こうとすると、彼によってそれを阻止される。


「駄目だよ。その手で目擦っちゃ」

「勝手に見て、ごめんなさい、」

「あ、こら。駄目だって言ってるでしょ」


 もう片方の手で涙を拭おうとすれば、そう言われてまた阻止された。泣きすぎてしゃっくりが出る私を気にもせず彼は蛇口に手をかざして、自分の手と一緒に私の手を濡らした。そして、ハンドソープを自分の手に付けて、私の手を左右から包み込んで一緒に洗ってくれた。

 タオルで綺麗に拭いてくれる彼を鏡越しで見て、何も言わずに手を握って引っ張る彼に大人しくついて行った。


「泣きすぎ」


 ソファーに座らせれて、隣に腰を下ろした彼はそう言って笑った。机の引き出しからティッシュ箱を取り出して、ティッシュを何枚か引き抜きまだ微かに頬に流れる涙を拭ってくれた。


「だって、怒らせたと思って、」


 思い出したらまた涙が溢れ出した。


「だから泣かないの。怒ってないから」

「ほん、と、?」

「うん」

「…よか、た、」

「あ〜もう、泣かない」

「じゃ、あれ何、?」

「…ん〜、気持ち悪いって思われるかもしれないけど、あれ全部母親の形見なんだ」

「え、お母さんの、?」

「うん。俺が小さい頃に亡くなって、養護施設に行く時にあれしか持って行けなくて」

「そんな大切なもの勝手に触ってごめんなさい、それも落としちゃった、」

「いいって。あんな所に置いておいた俺がいけなかったんだから」

「ううん、勝手に触ってしまった私がいけなかった。ごめんなさい」


 そう言って頭を下げて謝った。

 何やってんだろう。一瞬でも、昔の彼女の物だなんて思ってしまった自分が恥ずかしい。だからあんなレトロな入れ物なんだ。ずっと手元に置いておくだなんて、柊弥さんにとって凄く良いお母さんだったんだろうな。

 そういえば、今の養父母に引き取られたってテレビで言っているのを見た事があるけど、本当のお父さんはいないのかな?


「はい、この話はお終い。それより、ココア入れ直すから一緒に飲まない?」

「うん」


 また今度でいいか。まだそこまで踏み込んでいい関係でもないから。まずは、私達の関係をはっきりさせないと。キッチンに歩みを進めた彼の背中を見ながらそう思った。

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