05 貴方の味方
ピンポーン
あの日から一週間が経った。綾菜ちゃんからの連絡は途絶えて、少し清々していた。もう会うことはないだろうそんな事を思っているとインターホンが鳴った。
インターホンカメラを見ると、スーツを着た男の人が二人立っていた。出ようか迷っていれば、その人たちはカメラにあるものをかざした。それを見て私は「少しお待ちください」と言って玄関へ急いだ。そして、玄関の扉を開けて二人を見た。
「はい」
「突然すみません。私、東警察署の新山と申します」
「同じく柿谷です」
警察の人がなんだろうと思いながら軽く会釈をする。
「瀬野凛さんですね?」
「はい。そうですが」
「高橋綾菜さんをご存知ですね?」
「え?はい、地元の同級生ですが、」
「高橋さんが一週間前から行方不明でして」
「え?どういう事ですか?」
「連絡が取れないとご家族から捜索願いが出ていまして、捜索をしています。それでですね、捜索をしていく内に最後に彼女に会ったのが貴方だと分かりまして。詳しくお話をお聞きしたいので署までご同行願えますか?」
頭の中がパニックになって、どうしようと迷っていると聞いたことのある声が私を呼んだ。
「え?柊弥さん?」
「こちらの方たちは?」
「あ、えっと、」
「私たちは警察の者です。あなたは山下柊弥さんですね?貴方のところにも我々の者が伺ったはずですが、お会いになられませんでしたか?」
「そうなんですね。会ってないですね」
「そうですか。それでは、一緒にご同行願えますか?」
「無理ですね」
「はい?」
「僕たち一応有名人でして」
「はい。存じ上げております」
「事務所に通してからにして貰えますか?こんな事が世間に知られてしまうと何かと面倒なので。それもこれ、任意ですよね?」
彼からはあの時みたいな狂気を感じて息が止まった。
「そうですか、分かりました。事務所の方にお話を通してからまた伺わせて頂きます。失礼します」
警察の人はそう言って軽くお辞儀をして帰って行った。
その人たちの背中を見ている柊弥さんは、エレベーターに乗り込んだ警察の人に軽く会釈をして私の方へ向き直した。
「大丈夫?」
先程とは違ういつもの彼で、心配そうな顔でそう言われた。
「はい、大丈夫です。ありがとうございます」
「ふふ、どういたしまして」
「それより、どうして柊弥さんがここに居るんですか?」
「これ渡したくて」
彼は手に持っていた紙袋を軽く持ち上げてそう言った。
「なんですか?」
「昨日まで広島行ってたからお土産。もみじ饅頭だから早く渡したくて」
「あ、ありがとうございます。でもなんで住所知っているんですか?」
「凛ちゃんのストーカーだから」
「え?」
真顔で言った彼に顔が引き攣るのが分かって、少し後退った。しかし、すぐに彼は笑い出した。
「へ、?」
「そんなわけないじゃん。住所は事務所に教えて貰った。勝手にごめんね」
「あー…びっくりした、」
「ふふっ。さっきの凛ちゃん、世界の終わりみたいな顔してて思い出しても笑える」
「やめてくださいよっ、柊弥さんも私の事からかうとかっ、」
「ん?他に誰かいるの?」
「いるじゃないですかっ。関西弁の人ですよっ」
「関西弁…あ、海人?」
「本当何なんですか。好きだから付き合ってって言ったり、ストーカーだって言ったり。私は貴方たちの玩具じゃないんですからねっ」
なんて、ブツブツと独り言を言っていると、柊弥さんが何か呟いた。聞き取れなくて聞き返す。
「いや、何も。それより、お邪魔していい?」
「え、あ、どうぞ。散らかってますが」
さっき助けて貰ったしお土産も頂いたから、そのまま返すわけにもいかず部屋へと入れた。
紅茶を入れてカップと貰ったもみじ饅頭をお盆に乗せてソファーの前にある机へ運ぶ。
柊弥さんは後ろで手を組み飾ってある写真を見ていた。
「これ、家族?」
「はい。なかなか会えないので寂しくて。だから、写真を飾って紛らわしてるんです」
「ふーん」
聞いてきたのにも関わらず興味無さげに返した彼はそこから動かなくて、そんな彼に不思議に思いながらも声を掛けた。
「柊弥さん?紅茶煎れたのでどうぞ」
「うん。ありがとう」
私の呼びかけに振り返り歩いて来た彼は、床に座っていた私の横に胡座をかいて座った。その行動に驚いて少し横へずれて座り直した。
「柊弥さんはソファーに座ってください」
「なんで離れたの?」
「え?」
「なんで?」
静かにそう問う彼の目は鋭くて、でも、どこか寂しそうなそんな目をしている。そんな彼の目を離せなくて息が上手く出来ない。
この人は何を抱えているのだろう。彼の影が見え隠れして、そこから救ってあげたい。そう思った私は、気がつくと彼を抱きしめていた。
「柊弥さん。何かあるなら話してください。私の前だけですよね?そんな目をするのは。私が出来ることなら何でもしますから。私は柊弥さんの味方です」
彼の両手が動いたと思えば、床に後ろ手をついていた。何が起きたのか分からずゆっくりと顔を上げて彼を見た。
その顔はとても苦しそうで、目には涙が溜まっていた。
「柊弥さん、」
そんな彼に胸が苦しくなって、触れたくて身体を動かした。しかし、彼は立ち上がり何も言わずに部屋を出て行こうとした。
「柊弥さん!」
慌てて彼の名前を叫んで後を追いかけた。
「待って!柊弥さん!」
それでも止まってくれなくて、玄関で靴を履く彼の腕を掴んだ。
「ごめんなさいっ、でも私は本当にっ、」
《柊弥さんの味方だから》そう言おうとしたが、彼によって掴んでいた手を振り払われた。そして、一度も振り返らず扉の向こうへ消えて行った。