04 必然な出会い
約束の十五分前にお店の前に到着した私は扉を開けた。この前みたいにドアベルが綺麗な音色を立てた。しかし、今日は見る余裕なんてなくて、いらっしゃいませと笑顔で出迎えてくれた店員に予約をしている事を伝える。そんな私に店員は笑顔で伺っておりますと言って席へと案内してくれた。
個室に案内され、まだ柊弥さんが来ていない事にホッと胸を撫で下ろして二人が来るのを待った。
賑やかな店内にも関わらずしんと静まり返る個室内に何故か緊張して、店員によって運ばれて来たお冷に手を伸ばした。そして、その気持ちを抑えようと水を口に含めば扉をノックされる音が響いた。
「あ、一番じゃなかった」
扉が開けば柊弥さんの姿があって、目が合えばそう言って笑った。私は咄嗟に立ち上がって、扉が店員によって閉められると同時に口を開いた。
「おはようございます」
「おはよう」
「今日は急にすみません。ありがとうございます」
「いいえー。お役に立てるか分かりませんが」
彼はそう言って笑顔のまま帽子と色素の薄いサングラスを外して、私の前の席へと腰を掛けた。そして、「何食べようかな」とメニュー表を手に取り開けた。それを見て私は椅子に座り直した。
先に飲み物だけを頼んだ私達は、言い出しっぺの彼女を待つ。しかし、約束の十五分を過ぎても来なくて、それどころか連絡一本も無い。
柊弥さんは頼んだアイスコーヒーを飲みきったのか、ズズズと啜る音を立てた。
「本当にすみませんっ、ちょっと連絡してきますっ」
そう言った私を見て「はーい。待ってるねー」と笑顔で手を降ってくれた。それに軽く会釈をしてスマホだけを持って個室の扉を開けた。すると、目の前に店員と少し驚いている綾菜ちゃんの姿があった。
「あ、凛ちゃ〜ん」
笑顔で手を振る彼女に店員は軽くお辞儀をして今来た道を戻って行った。
「今何時だと思ってるのっ?遅れるなら連絡くらいしてもらわないと困るんだけどっ」
「え〜、たったの十五分でしょ?そんなに怒らないでよ〜」
「は?」
全然反省の色が見えない彼女の発言と態度にキレそうになる。こっちは先輩を待たせてしまっているいうのに。
「あのねぇっ、」
私の横を通り過ぎようとする彼女に少し声を張って振り返った。しかし、それは柊弥さんの声によってかき消された。
「はじめまして。山下柊弥です」
「うわぁー!本物だー!」
彼女はそう言ってはしゃぎながら私の腕を軽く叩いた。
「ちょっとっ、声抑えてっ、」
「ふふ、ちょっと声のボリューム下げようか」
柊弥さんは彼女にやんわり注意してくれて、自分の口元に人差し指を軽く当てて「ね?」と彼女に笑いかけた。その仕草に彼女は照れながら「はい」と素直に言うこと聞いて、私が座っていた隣の席へと座った。
そんな彼女から彼を見ると目が合って、笑顔で軽く頷いてくれた。申し訳なくて軽く会釈を返した。
お開きになり、こちらが誘ったのにも関わらず「奢らせて」と言ってくれた。そんな彼に綾菜ちゃんは「ごちそうさまでーす」と遠慮なく言って先に店から出て行った。
「本当にすみません。失礼な事ばかり」
「ふふ、凛ちゃんが謝る事じゃないよ。気にしないで」
笑顔でそう言ってくれて、不意に頭を撫でられた。そんな彼に驚いて咄嗟に一歩下がった。
その行動に彼は「ふふっ」と笑って、個室を出た。
少し、いや、結構ドキドキとさせながら彼の後を追いかけて、お礼を言いながら一緒にお店を出た。
綾菜ちゃんはスマホを弄りながら待っていて、そんな彼女は私たちに気付いて顔を上げた。すると、また思いも寄らない発言をした。
「今から柊弥くんの家に行きたいなっ」
「は?」
「ねぇ、ダメ?」
私の事なんて見えていないみたいな態度で、柊弥さんの腕に絡みつく。
本当になんなの?この子。
「あのねっ、柊弥さんにとっては貴重な休みなの。それなのに私たちのわがままに付き合ってくださったの。さっきから謝罪もお礼もないって、失礼な事ばかりしているって気付かない?その上、家に行く?ふざけるのもいい加減にしてっ」
周りの視線を浴びるくらいの声量で彼女に言い切った。少しびっくりしている彼女はすぐに笑顔になり、私へ近づいた。
「そんな事言っていいの?週刊誌に売っちゃおうかな〜」
「…売りたければどうぞ。柊弥さんにご迷惑をお掛けするよりかは、痛くも痒くもないので」
彼女の目をしっかりと見て言い放った。こんな奴、柊弥さんの人生に関わってほしくない。
彼女は少し悔しそうな顔をして私を睨みつけた。
「はーい。ストーップ」
柊弥さんが私たちの間に割り込んでそう言った。
「ちょっと気付かれ始めているから、一旦移動しよう。俺車で来てるからそこで話そうか」
周りに少し人集りが出来ているのに彼の言葉で気付く。動画を回されているのが目に入ってすみませんと謝った。
「大丈夫。行こう」
柊弥さんと綾菜ちゃんは歩き出したが、私はそのふたつの背中に声を掛けた。
「すみません、私ちょっと事務所に用がありまして、」
「あ、そうなの?じゃあ、ここで解散にしようか」
振り向いてそう言った彼に私は「はい」と返事をして頷いた。もう、彼女と関わる事なんて無いと思いながら。
「今日はありがとうございました。ご馳走様でした。失礼します」
私は柊弥さんを見てそう言って、彼女を一度も見ることなく二人に背を向けて歩き出した。
事務所に着くとスマホが震え出した。画面を見て通話ボタンを押す。
「はい」
「あ、凛?すまん。連絡くれてたよな?どないしたん?」
「あ」
朝、海人さんにも連絡した事を思い出した。
「ん?」
「すみません、朝早くに連絡してしまって」
「いや、それはええねんけど、なんかあった?」
「いえ、何も。もう解決したので大丈夫です。わざわざありがとうございます」
「ほんまに?元気なさそうやけど」
「ふふっ。海人さんには隠し事出来ませんね」
私はそう言って、今日の事を話した。もちろん、写真の事は言わずに。
「ハハッ。柊弥さんも飛んだとばっちりやな」
「本当にご迷惑をお掛けしてしまいました」
「まぁ、柊弥さんの事やからなんも思てへんよ。大丈夫大丈夫」
「本当ですかね?あの後、彼女が迷惑掛けてないといいんですが」
海人さんは終始明るい声で大丈夫だと言ってくれた。そんな彼の言葉に魔法にかかったみたいに気持ちが軽くなって、ありがとうございますとお礼を言ってくだらない話をしてから通話を終わらせた。
これから私の身に起こる出来事が、こんな穏やかな生活を一変させるなんて今は少しも思わなかった――