03 勘違い
「今日未明、都内の公園で若い女性が刺殺されているのが発見されました。警察によりますと――」
最近多いな。こういう若い女性が殺害される事件。警察はしっかりと捜査をしているのだろうか。そんな他人事みたいな考えをして、食パンにかぶりついた。
そんな時、スマホが着信を知らせた。食パンをお皿に置き、手に付いた粉を払ってスマホを持ち上げた。
「…はぁー、」
着信画面の名前を見てため息をする。鳴り続ける着信音に仕方なく応答ボタンを押して耳に当てた。
「もしもし」
「あ、もしもしっ?凛ちゃん?元気?」
「先週も会ったよ。綾菜ちゃん」
「あれ?そうだっけ?」
そんなとぼけた事を言うこの子は、最近偶然街で再会した地元の同級生の高橋綾菜だ。
当時は特別仲が良いわけでもなく、悪いわけでもなかった。言われれば、そんな子居たなくらいの関係だった。しかし、私がこういう仕事をしているからだろう。偶然再会した時にグイグイと距離を縮められ連絡先を無理矢理交換させられた。
その後も、何かと私の事を聞いてきたり、終いには柊弥さんや海人さん、共演した事のある俳優さん誰でもいいから紹介してと言われた。それが最初から目当てかと、心底軽蔑した。だからこの通話をできるだけ早く終わらせたい、そう思った。
「今日休み?」
「…まぁ」
「本当っ?じゃあ、お昼一緒に食べないっ?」
「あー、」
なぜ素直に休みだと申告したのだろう。数秒前の自分が憎らしい。そんな事を考えながらどう返事をしようか迷っていると、彼女は思いも寄らない発言を口にした。
「その時に誰か連れてきてよっ」
「は?」
何を言っているのだろうか。こいつは。
「聞いてる?」
「あー、急には無理かな。この業界不規則だから」
「凛ちゃんだったら大丈夫でしょ?」
私を何だと思っているのだろうか。彼らのマネージャーかなんかだと勘違いしているのだろうか。彼女の礼儀の無さが余計に私を軽蔑させる。
「本当に無理だから」
「いいの?あの事ばらしても」
偶然会った日、喫茶店でご飯を食べながら質問攻めに合った。しばらくして、お手洗いに立った私はスマホを机に置き忘れた事に気づかなかった。
席に戻ると、彼女が私のスマホを見ていた。どうやってロックを解除したのかは分からないが、咄嗟に奪い返した時には既に遅くて彼女に見られてしまった。デビューしたての頃に共演した、今じゃ飛ぶ鳥を落とす勢いのある同業者と付き合っていた頃の写真を。
全部消したと思っていたのに、残っていた一枚を彼女が見つけて自分のスマホで撮影していたのだ。それも、ふざけて撮ったベッドでの写真だった。
あんなのが世間に出てしまったら、事務所が当時私たちの熱愛記事を揉み消してくれた事が無駄になる。そんな事はさせられない。
「分かった、連れて行く。だからっ、」
「ありがとう!私たち親友だもんね!じゃあ、この前の喫茶店でいいよね?」
「あ、あそこはちょっと、」
「えー、じゃあ、どこー?」
「…決まったら連絡する」
彼女は分かったと返事をして通話を切った。
どっと疲れが出て椅子に身体を預ける。そして、誰に連絡をしようかと考える。先輩になんて天と地がひっくり返ってもありえなくて、頭をフル回転させた。
「やっぱり、海人さんしかいないかなー…」
そう呟いてすぐに海人さんへ連絡をする。しかし、何コール聞いても出なくて諦める。
「あー…」
天を見上げ、そう声を出して元に戻す。もう仕方がないから後輩や年下俳優に順番にかけていく。しかし、やはり無理で撃沈する。
「だーれーかー…」
先輩には本当に連絡したくない。でも、もう仕方がない。気まずくて嫌だけど、連絡先を出してコール音を鳴らした。すると、すぐに出てくれて眠そうな声が聞こえた。
「あ、おはようございます。瀬野です」
「あー、凛ちゃん、」
「すみません、朝早くに。まだ寝てましたよね?」
「んー、寝てたけど大丈夫…どうしたの?」
スマホの向こうから布の擦れる音がして、ベッドから抜け出したのだろうと思った。
「今日柊弥さん、お休みだったりします?」
「うん、休みだよ」
「ほ、本当ですかっ!?」
「うん」
「ご予定はっ?」
「凛ちゃんと長電話する予定かな」
「へ?」
「ふふっ。直接会ってもいいよ?あ、ご飯行く?二人で」
あぁ、これは言いづらい。どうしたものか、
「おーい。凛ちゃーん。あれ?切れてないよな」
「柊弥さん」
「あ、喋った」
「本当に本当に本当に申し訳ないのですが、私の同級生と会ってくれませんか?」
「え?」
「ちょっといろいろありまして、断れなくて、」
「それは男?」
「あっ、いえ。女の子です」
「なんだ。よかった」
「え?」
「いいよ」
「ほ、本当ですかっ?」
「凛ちゃんが困ってるからね。俺なんかで良ければ」
「柊弥さんがいいんです!ありがとうございます!」
天にも登る思いだった。気まずくても連絡して良かった。これで写真をばらされなくて済む。
「でも条件があります」
「え?」
「今度は絶対に俺と二人でご飯に行くこと。それと、同級生と会わなきゃいけない理由を教えて?」
ご飯に行くことは、まぁ、良いとして、理由はなぁ…。でも、貴重なお休みの日にこっちの私情なんかで巻き込むのだからやっぱり話さなきゃいけないよね。
「分かりました。お話します」
彼女と偶然会ったこと、昔お付き合いしていた人がいたこと、その人との写真を見られてしまったこと、誰かに会わせてほしいと言われたこと。全てを彼に話した。
そして、彼女の存在がとても迷惑で困っていることまでも話してしまった。
「そっか、分かった。どこに行けばいい?」
「事務所の近くにあるあのお店にしようかと思ってます」
「あ、じゃあ、俺が予約するよ」
「あっ、いえっ。柊弥さんにそんな事させる訳にはいきませんっ」
「ふふ、いいから。十二時で大丈夫?」
「あー、もう本当にすみません、十二時で大丈夫です」
「了解。また予約出来たら連絡するね」
「はい。よろしくお願いします」
そう言いながら電話越しにお辞儀をした。そして柊弥さんは「お願いされました」と言って笑った。
やはり、私の勘違いだったみたいだ。こんなにも優しい人が狂気を放つわけがない。今まで少し距離を置いて接していたが、私から距離を縮めてみよう。