01 全ての始まり
初めて会った時から君だけを綺麗に壊したいと思ったーー
今、目の前にいるこの人は何を考えているのだろう。
「本当に綺麗だよね。凛ちゃんって」
私に興味があるのか、それともただからかっているだけなのだろうか。机に頬杖をついている発言者の顔を見ればにこにことしている。
「誰にでも言うんですか?そういう事」
真顔で問うと、ハハハと彼特有の笑い方をしてアルコールに手を伸ばす。ひと口飲んでガサゴソとポケットに手を入れ携帯を取り出して弄り始めた。本当にこの人は何を考えているのだろう。何ひとつ掴めない彼を見るのをやめて、私は目の前の唐揚げを頬張った。
「ねぇ、いつになったら二人でご飯行ってくれるの?」
彼の問に答えようと頬張ったまま顔を上げる。するとまた、あの笑い方でさっきよりも大きい声を出して笑い始めた。私は恥ずかしくなって、口を両手で隠して俯いた。
「欲張りなハムスターみたい」
そんな事言われたら余計に恥ずかしくて、早く飲み込みたくて咀嚼する回数を速めた。それを知ってか知らずか、彼は私の頭の上に手を置いた。
「可愛い可愛い」
小動物を扱うみたいに頭を撫でられて咄嗟に顔を上げれば、大切なモノを見るような目が向けられていた。今までに感じたことのない彼の雰囲気に目が離せずにいると、監督が、そこイチャイチャするなと大きな声で私たちに向かって言い放った。その言葉を筆頭に宴会の席はより騒がしくなった。端の席に座っていた彼はみんなにヤイヤイ言われ、監督が座っている中央の席に連れていかれた。そんな彼を私は目で追っていれば隣の席に誰かが座った。
「お疲れ様です。凛さん」
ふんわりとした雰囲気で、どこか彼に似ている彼女は私の直属の後輩だ。
「お疲れ様。胡桃ちゃん」
「さっき、頭撫でられてましたよね?柊弥さんに」
彼女の性格上、遠回しに聞いたりオブラートに包むという事はしない。初めて出会った時からそうだった。そういう所が彼女の良いところでもあるし、悪いところでもある。
「みんなの勘違いだよ。髪に埃が付いてたみたいで」
そんな例文みたいな回答をすれば、胡桃ちゃんはふーんと興味無さそうに返事をした。そして、さっきの私みたいに唐揚げを頬張った。
やっとお開きになり、監督が帰るのをみんなで見送る。そして、それぞれ挨拶をして解散していく。私も帰ろうと駅へとつま先を反した。
「待って」
そんな声が聞こえて腕を掴まれる。振り向くと帽子を目深に被って色素が薄めのサングラスを掛けている柊弥さんが居た。
「タクシー捕まえるから一緒に乗って帰ろう?」
「いえ、まだ電車動いているので大丈夫です。お疲れ様でした」
掴まれている腕をゆっくりと彼の手から引き抜き、軽く会釈をして顔を元に戻す。しかし、また腕を掴まれる。しつこいなと思いもう一度振り向いた。
「いいから乗れって」
いつもの彼からは考えられない程の低い声と鋭い目つき、そして雰囲気に全身が身震いする。
「柊弥さんっ。タクシー拾ったので一緒に帰りましょう?」
彼の後ろから姿を現した胡桃ちゃんがそう言って話しかける。すると、彼は穏やかないつもの表情になり、彼女の方へ振り向いた。
「一人で帰ってもらえる?瀬野さんと話があるから」
ストレートに彼女へ言い放った柊弥さんは、顔を戻して真顔で私を見る。そして目を逸らし、私の腕を引っ張って駅方面へと歩き出した。
「ちょっとっ…離してくださいっ」
抵抗して引っ張っても離してはくれなくて、さっきの彼を思い出し怖くなる。
「柊弥さん!」
私の声に彼は立ち止まり振り返った。そして、腕を離して口を開いた。
「おっと。怒ってる?」
そう言って口角を上げて笑った。
本当にこの人は何を考えているのだろう。この短時間で表情がコロコロ変わる彼に戸惑いながら、お疲れ様でしたと言って彼に背を向け駅へと足早に歩き出した。
そんな私を見て、彼が楽しそうに笑った事なんて知る由もなかった。