コクワガタ
コクワガタを三匹飼っていた。夏、アパートに飛んできたものだ。夏が過ぎたら餌は与えなくなったが、現在、2月に至るまでずっと霧吹きだけはし続けていた。虫かごのふたを開け、中を見ることもなく軽く霧吹きで水を吹きかける。コクワガタは越冬することもあるから、まだ生きているかもしれないし、もう死んでいるかもしれなかった。夏が過ぎて、生死を確認することも、霧吹きを止めることも俺にはできなかった。風呂に入る直前、裸でシュッシュッと二回霧吹きをする、そのルーティンだけがずっと俺の中に残っていた。狭い虫かごの中で死なせたことを自覚したくなかったし、あるいは生きているかもしれない虫の世話を放棄することもできなかったのだ。どちらも今の俺には重く、耐えられないような気さえしたのかもしれない。
さっき風呂から上がり、僅かな上機嫌の間になんとなしに虫かごの中を確認した。ふたを開け中を覗き込んだ時にはいつもの俺に戻っていた。僅かな後悔が俺の中を通り過ぎた。ひっくり返って固まった黒い虫。三匹とも死んでいた。見れば分かる。カラカラになった死骸から察するに随分前に死んだのだろう。もう霧吹きはしなくてよくなった。