第二十八話:今日はありがとうございました
展望台を最後にベイエリアを離れた俺達は、バスに揺られて住宅街に移動し、無事詩音の家の前に着いた。
詩音の家は普通の一軒家。家には勿論明かりが点いている。
時間は八時五十分。約束は無事守れてるな。
とはいえ、よくよく考えたら颯斗に話を任せっぱなし。もし裏で揉めてたらと思うと、内心気が気でない。
あいつから折り返しはなかったし流石に大丈夫だと信じたいけど、もしもの時は俺がご両親に頭を下げないとな……。
「先輩。今日はありがとうございました」
詩音の家を見ながらそんな事を考えていると、彼女が少し名残惜しそうな顔で頭を下げてくる。
「いや。こっちこそ、色々連れていってくれてありがとな」
「いいんすよ。まあ、僕だけ楽しみ過ぎた気もしますけど」
「何言ってるんだよ。俺もちゃんと楽しんだからな」
「そうっすか。そうだったら、僕も嬉しいです」
うっわ。こんな表情も魅せるのかよ……。
玄関先の明かりに照らされた彼女のはにかみ顔が思った以上に可愛くって、危うく悶えそうになるのを必死に堪える。
と、突然彼女の家の玄関が開くと、そこから誰かが姿を現した。
「颯斗」
「兄貴」
「よお。ちゃんと時間通りじゃないか。流石だな」
見慣れてきた笑顔を振りまきながら側まで来て門を開けた颯斗に、俺も普段通りの笑顔を返す。
「流石に未成年を連れてるんだ。約束は守るって」
「おいおい。お前だって未成年だろって」
「……あ。そういやそうだったな」
颯斗からすれば当たり前の言葉に、俺が思わず頭を掻くと、脇にいた詩音もくすくすと笑い出す。
いや、確かに今は高校生活に戻っているはずなんだけど。
こういう休みなんかの日は学生って感覚が抜けて、本来の自分の素が出るんだよ。特に詩音相手の時は年下って意識がより強いからなぁ……。
二人に笑われっぱなしは流石に居心地が悪いし、立ち話をしてて約束の時間を過ぎるのもよくないか。
「じゃあ、俺はそろそろ帰るよ。詩音。颯斗。今日はありがとな」
「いえ。こっちこそ、ありがとうございました」
「奢りの話、忘れるなよ?」
「わかってるって。あと、ご両親にご心配おかけしましたって伝えておいてくれ」
「ああ。そういや、今日は遅いから止めとくけど、今度うちに顔を出せって。親父が、詩音を連れ回した彼氏の顔を見たいんだと」
家に顔を出せ、か。
ここでもゲームにない両親イベントが発動するのか。
まあ迷惑をかけたのは俺だし、断るのは流石に──。
「あ、兄貴! 何言ってるんすか!?」
ん? どうしたんだ?
俺の思考を遮り、詩音が顔を真赤にして声を荒げたのを見て、俺は思わず首を傾げる。
今の会話で、彼女がここまで突っかかるような事、何か言ってたか?
あたふたする彼女に対し、あいつはいたずら成功と言わんばかりにニヤけているけど。
「冗談だよ、冗談。ちゃんと男友達って説明してあるから」
冗談って……あ! そういうことかよ!
あまりにさらっと口にされたから気付いてなかった。
冗談にしてもこれは笑えない。
「おい颯斗。そういう冗談は止めとけよ。詩音に迷惑が掛かるんだから」
「え? あ、えっと、その。迷惑とか、そういうのは……」
そうあいつを咎めると、詩音がさっきまでの剣幕を失い、もじもじとしながらしどろもどろになる。
……あー。やっぱり好感度が高いとこうなるのか。
この姿もまた萌えるポイント。二人っきりだったら、俺も釣られて照れてるところだけど、ここに颯斗がいるってだけで気持ちが随分落ち着いてる。
ちらちらと目を向けてきた詩音と目が合った瞬間。困った顔をした彼女が脱兎の如く飛び出すと、颯斗の背中に回り込んだ。
「あ、兄貴! そろそろ家に戻るっすよ!」
「お、おい! ったく。そんなに恥ずかしがるなって!」
「うるさい! 兄貴、後で覚えとくっすよ!」
「わかったわかった! じゃあな、翔」
「ああ。またな」
詩音に勢いよく背中を押され、そのまま玄関に連れて行かれる颯斗の姿に思わず笑いながら、二人が玄関に入るのを見届けると、開けっ放しの門を締めゆっくり帰宅の途に就いた。
◆ ◇ ◆
時間的にバスもなかったから、俺は夜風に吹かれながら、一人だらだらと歩きながら家に帰ることにした。
夜風の肌寒さは相変わらず。だけど、歩いているお陰でそこまで辛さは感じない。
しっかし、長いゴールデンウィークもようやく終わりか。
俺は無事、ヒロイン達との連続デートを乗り切れたことにほっとしていた。
二十六にもなれば、ゴールデンウィークも色々経験はしている。
学生時代は友達と遊び回ったり、親に旅行に連れて行ってもらったりが多かったけど、社会人になってからはもっぱら家で寝て過ごしていることのほうが圧倒的に多い。
そういう意味じゃ、ここまで密度の濃いゴールデンウィークを過ごしたのは久々だし、それが精神的に負担になっていたのは否めない。
実際ほっとしているものの、気持ち的に疲労感がどっと襲ってきているのも事実だしな。
とりあえずリーゼロッテのアドバイス通り、なるべく嫌われないように行動してみたけど、デート終わりはみんな笑顔だったし、変な失敗はなかったんじゃないかと思う。
ただ、多かれ少なかれ、全員から好意が漏れていたのが本当に困りどころ。
本来のキュンメモみたいに、スチルイベントでもなければさらりと数行の台詞でデートが終わってくれるのが、どれだけシステマチックで楽なのかってのを痛感する。
でも、これでこの先は当面連休はない。
七月までは少しはのんびり……って、げっ! そういや七月になったら、夏休みが来るじゃないか。
約一ヶ月以上の長期連休。流石にリアル寄りなんだし、ここまで過密スケジュールにはならないと思いたいけど……これはきちっとスケジュールを管理しないと、今回以上に苦労しそうだな……。
ため息を漏らし黒髪を掻いた俺は、意味もなく眼鏡を直すと何気なしに空を見上げた。
夜もやっぱり快晴。満天の星空が広がっているけど、空に月の姿はない。
次の満月は確か、だいたい二週間くらい先だったよな。
こんな状況が終わったばかりなのに、俺はなんとなくリーゼロッテとの再会を心待ちにしていた。
彼女ははっきりと口にしなかったけど、俺のために何らかの方法で調べ物をしてくれてるはず。その内容を早く知りたいのもひとつある。
だけど、それ以上に俺が綾乃とのデートで気づいた、俺の理想が具現化した世界だって話について色々とアドバイスが欲しかったのもあるし、リーゼロッテとだから調べられることを実践したいって気持ちも強くあったからだ。
ただ……とりあえず直近の目標はひとつだけ。
次の土日はデートなんて入れず、家でゆっくり休みたい。それだけだな。
別にヒロイン達に嫌気が差してなんかはいないけど、やっぱり気持ちが休まらない。特に平日と違い、休日はずっといる時間が長いし、学校ならそこまでじゃないけど、デート中は肌の触れ合いが多すぎる。
特に渚と沙友理は、他のヒロイン以上にそういう行動が多いんだ。
これから夏が近づき薄着になっていく中で、それらはまた俺を困らせるのに十分。
程々にデートを入れて、うまく乗り切れる……と、いいけど……。
暗雲立ち込める未来しか見えないことに肩を落としつつ、俺はとぼとぼと家に帰ると、ささっと風呂を済ませてすぐさま布団に潜り込んだんだ。
少しの間、平凡な日常が過ぎてくれるのを祈りながら。
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これにて長かった第三章は終了です!
次章。綾乃との両親との出会いは、翔に何かをもたらすのか。
そして、リーゼロッテとの再会で、翔は何かに気づくのか。
よろしければ気長にお待ちいただけると幸いです!




