第二十七話:次はどこにするんだ?
詩音が夕食のために選択した店は、意外にもラーメン屋。
ベイサイドエリアの近くの商店街にある少し古臭いその店は、味噌ラーメンが美味しくてオススメなんだとか。
店に入って二人並んでカウンターに座り、彼女のオススメを食べてみたんだけど、確かに味もしっかりしてるし、コクもちゃんとあってめちゃくちゃ美味しかった。
リアルでもこれなら名店として名を馳せるのは間違いない。それくらいの美味しさに、満足感も相当だった。
◆ ◇ ◆
「次はどこにするんだ?」
「少しゲーセンで遊んで、それからベイサイドタワーに行きたいんですけど。いいっすか?」
店を出て俺がそう尋ねると、詩音はこっちの様子を窺いながらこう返してくる。
ベイサイドエリアのスタジアムの側に、ひときわ高い白いタワーが見えるのがベイサイドタワー。
確かキュンメモのデートスポットのひとつで、上は展望エリアになっている。
元々行く場所は彼女に任せてるんだ。断る選択肢はないな。
「ああ。構わないよ」
「ありがとうございます。じゃ、まずはあっちに行きましょっか」
「ああ」
安堵した彼女の笑顔を見ながら、俺達は並んで歩き出した。
流石にこの時間。もう日が落ちて、空には星空が広がっている。
ベイサイドエリアも遠くのスタジアムやタワーだけじゃなく、ショッピングモールなんかも綺麗にライトアップされてて、夜景としても中々見ごたえがある。
考えてみれば、この世界で夜動き回ったのってリーゼロッテとのイベントでこそあったけど、大体は家に帰って何かしているだけ。そういう意味じゃ、結構新鮮な光景だ。
あ。そういえば。
「なあ、詩音」
「なんっすか?」
「さっきのラーメン屋、よく来るのか?」
俺は素直に思った疑問を口にした。
確かにリアルだと、今や女性一人でラーメン屋ってのも珍しくはない。
だけど、キュンメモはもっと昔の世界が舞台。あの頃はまだそういうのが一般的じゃなかったし、なんなら詩音はまだ中学三年。
ランニングのルートとはいえ、学校が近いわけでもないこんな場所のラーメン屋に、彼女が一人で来るのは考えにくいと思ったんだ。
こっちの質問に、彼女は「あー」なんて納得したような声をあげる。
「昔、ちょこちょこ親に連れてきてもらったんですけど。最近は父の仕事がいそがしかったり、僕も部活を頑張ってたりしたせいで、あまり来れてなかったんです」
「あー。確かに家族と一緒でもなきゃ、中々来れないか」
「はい。先輩のお陰で、久々にあの味を堪能できました。ありがとうございます」
「こっちこそ。美味いラーメン屋を教えてくれてありがとな」
……ほんと。詩音の笑顔は見ていて清々しい気持ちになるな。
歩いている時の絶妙な距離感も、本当に助かる。
思い返せば、ゴールデンウィーク中のデートだけ見ても、綾乃、渚、沙友理とは手を繋ぐだけじゃなく腕を組まれてたし、エリーナには服の袖を掴まれていた。
どこか距離が近い、気が休まらないデートを繰り返していたからこそ、そういった触れ合いなく並んで歩いてくれる詩音相手は気持ちも楽。
公園のベンチでの居眠りや浜の一件があったりもしたけど、どこか好意を感じる行動ってのは未だに慣れないし。
◆ ◇ ◆
あの後暫くの間、近くにあったゲーセンに入り、詩音と色々なゲームを楽しんだ。
キュンメモ内でもミニゲームでMONAMIのゲームが遊べただけあり、そこには俺が見知ったゲームが色々あったけど、主に遊んだのは音ゲー。
特に、ダンスするように足でパネルを踏んで踊るダンシングダンシングエボリューションは彼女の独壇場だった。
流石に体育ステータスが高くても、リズム感ってのは別物。
俺もそつなくSランククリアをしたけど、彼女はしっかりオールパーフェクトを記録してて、思わず舌を巻いたもんだ。
そうこうしているうちに、時間はあっという間に過ぎ。
午後八時を回った頃、俺達は最後の目的地、ベイサイドタワーにやってきた。
列に並んでエレベーターに乗り、展望エリアのある上まで上がっていく。
一面ガラス張りだからこそ、夜景を見ながら上がっていくこの光景も中々に凄かったけど──。
「うわぁ。やっぱ綺麗っすね……」
展望エリアまで上がってから見えた夜景にも、俺達は目を奪われた。
エリアが薄暗くされているお陰で、眼下の夜景だけじゃなく、星空も綺麗に見える。
これが本当に綺麗で、詩音が感嘆の声を上げたのも納得だ。
ちなみにこれだけの光景が見れるんだし混雑していても仕方ないと思っていたけど、展望エリアには思ったより人は少ない。お陰で自由にエリア内を歩いて色々景色を見られるのはいいな。
お。あれは。
「先輩。どうかしったっすか?」
「ほら。あれ」
こっちに寄ってきた詩音に向け、俺は窓越しに見えるスタジアムを指差した。
ドームでも屋根付きでもない開放的なスタジアム。既にコンサートは終わって、観客もアーティストもおらず、撤収準備が進んでいる。
「最初にここに来たら、コンサートが見れたかもな」
俺がスタジアムを見ながら冗談っぽくそう口にすると。
「そういうのはマナー違反。駄目っすよ」
なんて、隣で真面目な言葉を返す彼女。
ほんと。しっかりした子だな。
「悪い。冗談だよ」
笑いながら詩音に顔を向けると、彼女は薄暗い明かりの中、どこか切なげな顔でじっと会場を眺めている。
こんな顔をしてるってことは……。
「やっぱ、観たかったんだろ?」
静かに問いかけた俺の言葉に、詩音が視線を逸らさずふっと笑う。
「まあ。先輩と一緒に楽しめるなって、思ってましたし」
俺と一緒って言葉でごまかしてるけど、やっぱり見たかったんじゃないか。
正直、心の中じゃ申し訳無さが強い。とはいえ、またここで謝っても雰囲気が悪くなる。
「そっか。ちなみに、今は楽しくないか?」
「え?」
予想外の言葉だったのか。詩音が思わずこっちを向く。
「あー。いや。確かにコンサートは残念だったと思うけど、その分少し長く俺と一緒にいたろ? ただ、その時間が楽しくなかったら申し訳ないなって」
悲愴感を出さないよう笑顔を崩さず尋ねてみると、彼女は慌てて首を振った。
「そ、そんなことないっす!」
「本当か?」
「当たり前っす!」
「そうか。じゃあ、次こそ一緒に行かないとな」
「……えっ?」
驚いた詩音の顔がちょっと面白くって、俺は小さく笑うとスタジアムを見るのを止め、その場で伸びをすると星空を見た。
「ミスターオールドメンのコンサートも、これが最後ってわけじゃないんだろ?」
「は、はい」
「だったら、機会があったらまた誘ってくれよ。今日の埋め合わせはするから」
相変わらず俺は甘いと思う。
攻略するわけじゃないのにこんな事を言ったら、変に期待させるかもしれない。
でも、やっぱり詩音には笑顔であってほしかった。その方が彼女らしいし。
「……そうっすね。先輩が、いいっていうなら」
ちらりと横目に詩音を見ると、普段の快活な笑顔じゃなく優しく微笑んでいる。
まるで、胸のつかえが取れたかのように。
うん。きっとこれで良かったよな。
そう思い再び夜景に目をやっていると。
「先輩、ほんと優しすぎっす」
詩音が、囁くかのような小声で独りごちった。
どこか気恥ずかしさを含んだ声色。なんとなく、どんな顔をしているかは想像できるけど、敢えて俺は彼女に目を向けはしなかった。
しおらしい詩音がレアなのもあるんだけど、その時に見せる表情が妙に可愛くってドキドキさせられるから。
ほんと、みんなヒロインとしてキャラが立ってるし、こういう反応含め、可愛いのが困りもの。
ゲームが現実になると、こういうちょっとした仕草にも萌えられるのか。
学生時代にこれを経験してたら、きっと理性のタガなんて一瞬で外れてたかもしれない。
ほんと。やっぱりギャルゲー世界は俺にはちょっと重すぎる。
そう思いながらも、彼女とこうやっている時間の心地よさも感じていて、どこか気持ちがフラフラしている自分に、自然と苦笑いを浮かべていた。




