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カンナカムイの翼  作者: ななじぬぅす
第11章 鳳凰
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最終話 マリンスノウ

§


 港を見下ろせる高台に建てられたバラックが二人のお気に入りの場所だった。ゾーイは昨夜もレンジにまたがって夢中になっていた。気がついたら、レンジは腹の傷が開いて痛みと快楽に溺れたまま意識を失っていた。それから今までぐったりとしてほとんどの時間を眠って過ごしている。しばらくはおあずけだった。


 ゾーイは恋することにも愛情を伝えることにも遠慮がない。人目も憚らずにレンジを抱え込んであちこちなでたり抱きしめたり鼻をこすりつけたりしていた。


 鼻の頭をなめてみる。寝息が少し乱れただけで目をさまさない。よく眠っている。サバンナを旅していたときは、少しでも物音をたてると目をさます眠りの浅い彼だったのに、こんな穏やかな寝顔は初めて見た。


 レンジはわたしを選んだ。カンナカムイの翼はきっと遥か遠くまでわたしを連れていく、そんな予感がする。


 レンジの股に手を伸ばしてズボンのうえから優しくさすって位置を確かめて揉んでみる。なるほどショコラが教えてくれた通り二つある。もしレンジが浮気したらこの金玉を錆びた鉈で切り落として燻製にして首飾りにするのだ。


 耽美な景色に、武骨一片のマムルークたちが憧れの目を注いでいる。なぜか機嫌の悪いチンチラにオーパーツ探しを邪険に断られたギンが、バラックの前を通りかかってそんな二人に目をやった。


 ぐったりと眠るレンジを抱え込んで、ゾーイはその派手顔に満足気な笑みを浮かべている。仕留めた獲物を木の上に引っ張りあげて独占する豹みたいだった。



§


 昨夜、アカネマルはランボーを呼び出して裸になるように命じた。ランボーがためらうと、自ら先に服を脱いで、足払いをかけて彼をベッドに押し倒した。そのまま飛びのって彼の服をむしりとり始めた。


 ことにいたる直前にランボーがさめざめと泣きだすと、興を冷ましたアカネマルは全裸のままベッドに胡座をかいて問いただして、一通りの事情を聞いた。


「サミットでメンフィスにいたあたしを見て、ああいう服着てみたいって思ったんだ」


「メイクと刺青も素敵だと思って」


「それで、カンナビに来る気になったんだ」


「自分もそんな風に、本当に好きな格好をして、ずうずうしく生きてみたいと思って」


「なによぉ」アカネマルは極めて不機嫌だった。


「で、お気に入りのレンジがゾーイにやられちゃって、悲しいの?」


 ランボーはベッドの傍らにしゃがみこんで両手で顔を覆いながら頷いた。


「知らないわよそんなことわぁ!」


 アカネマルは仁王立ちになってランボーの肩を足蹴にして言った。


「いいわ、メイクも服も好きなだけ教えてあげる。オアシスのチャラスとガンジャに連絡、戦よ」



§


 包囲を続ける反乱軍は、街を脱出する非戦闘員に関してはさすがに手をださなかった。鳳凰への畏怖もあり、動きは滞っていた。なにより街に入った首長級の指導者たちは一人も戻ってこなかった。爆発かその後の鳳凰とオロチの戦いに巻き込まれたと考えられていた。アカネマルが皆殺しにした事実は歴史の闇のなかだった。


 彼女はこの間隙をついて、乱れたカンナビの統一戦を始める。滅亡した街から先制して戦を仕掛けてくるなんて、まともな人間の意表を突く。相変わらず悪辣で迅速で、敵にも味方にも苛烈だった。


 傷もほどほどに癒えて、昼間から寝ていたレンジは早起きに成功した。朝焼けに照らされて出陣するアカネマルとマムルークを見送りにきていた。みんなまだ眠っていてレンジ一人だった。奇襲をかけるために、出陣を公表していないこともある。


 先頭のアカネマルは微妙な想いを抱いて、道端から手をふるレンジを眺めた。ドラゴンが降臨してからカンナビの風雲は急を告げた。ザンジバル島が滅び、ギンと再開し、ジギラニラゾは死に、オロチと鳳凰が復活し、ショコラにふられてランボーとはやりそこなって、ダルエスサラームは廃墟になった。すべてに絡んでレンジがいる。


「もうそんなにお腹痛くないからさ」


 オーパーツ、謎めいている。


「俺もついていこうか」


 人智を超えた力は苦手だった。敵か味方かわからない、この世の管理も支配も及ばないことにおいては、この子もあの男と変わらない。


「無視か!」


 しかしレンジがいなければ、勝てなかった。


「まて!」


 後ろでレンジがむきになって騒いでいる。


 アカネマルは空を仰いで笑った。馬首を返した彼女が首にかけたネックレスの紐を引くと、胸の谷間を押し分けて宝珠があらわれた。偽物の宝珠を顔の横で揺らしてにんまりといつもの邪悪な笑みを浮かべた。


「無視すんな、気をつけろよ!」


「レンジ」


 後ろからかかった声はランボーだ。彼の装備はいつもより少し柔らかくなっている印象を受けた。ヘッドギアにりんどうの花なんか挟んで。戦闘服から除く艶やかな肌は引き締まって朝日に光っている。


 腰から紐を解いて小太刀をはずして、馬上からレンジに放った。繊細な花の刺繍が施された皮の鞘から抜くと、それはアルーシャの荒野でオロチの目を潰した小太刀、青い刀身が寒々と光を放っている業物だった。


「預けとく、返しにくるのずっと待ってる」


 ランボーが片目をつぶって、レンジは小太刀を胸にあてて頷いた。


 殿の部隊を率いるパトラッシュが列を離れて話しかけてくる。


「俺たちの武士団の名前を考えてる。いいのないか?」


「ランボーとパトラッシュと愉快な仲間たち、と俺?」


「ピクニックにいくんじゃねぇんだよ! ゾーイかチンチラに聞いとくんだった、一番センスのない奴に聞いちまった」


「まって、考えるから」


「あぁ、頼むぜ」パトラッシュは笑って、最後の部隊を追って駆けていった。



§


 チンチラは爆弾かツクネの熱で歪んでしまったらしい手裏剣の刃を研いでいた。ゾーイが「レンジは?」と行方を聞くと、


「海だよ、一人になりたい病」と答えて笑った。


 あれからレンジはお酒を一滴も飲まなくなった。今日は飲んでくれるかな。


 ゾーイはそっと頷いて、「あとでバーベキューやろう、あんこう鍋でもいいけど、みんなで食べよう」と提案した。


 チンチラは歓声をあげて同意する。ゾーイはトンカチを手にとって、手裏剣の修理を手伝った。



§


 海辺のスラムにいた人々は、街の復興に従事している。みんな元気を取り戻して逞しく働いていた。ショコラもその指導にあたっている。難民キャンプは撤収されて、砂浜にはなぜか置き去りになっている白い椅子だけが残されていた。北の白浜は、閑散として美しい絵画のような静けさをとり戻している。


 レンジは昼過ぎから一人佇んで、米津玄師の『打上花火』を口ずさんでいた。


 海鳥が飛ぶ影が視界を閃いて、それは死んだ誰かの魂がどこかへ渡っていく瞬間に思えた。


 何を見ても何かを思い出す。


 今日はレンジがヌースフィアに転生してから一番の冷えこみだった。肌寒さに、大丸のハンズで買った包丁で突き刺した腹をさする。ツクネに突き刺された新しい傷がそこにはある。


 やっぱり俺、死んでるのかな?


 一巡りして病が治ったのかどうかはわからない。この不安も、この痛みも、渦巻銀河も、どうしようもない気もする。


 天気の境目が真上に来ていた。せりだした前線の雲と青空がせめぎ合って、浜風を乱している。


 砂浜を踏む足音が近づいてくる。


「始まりも海辺だったな」


 ギンが声をかけてレンジの横に並んだ。今日は手拭いを巻いていない。意外に長い茶髪を海風に吹かれるままにしている。しばらく二人で海辺に佇んだ。


 視線を感じてレンジが目をやると、ギンは髪に手櫛を入れて少し照れたように微笑んで、海に目を戻した。レンジは波打ち際まで歩いて、あの宝石のような色をした蟹がいないか探してみたが、見あたらない。


「もう死のうとするな」


 波と風の音にのってギンの声がとどいた。


 レンジが振り向くと、椰子の並木に戻るギンの後ろ姿が見えた。


 海に目を戻すと、雲から火花が落ちてきた。ツクネがまき散らした燐光とプラズマがまだ目の奥に焼きついているのかと思ったが、それは雪だった。


 光る雪が降っている。


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