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カンナカムイの翼  作者: ななじぬぅす
第11章 鳳凰
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第89話 火の鳥

 解散になり、落胆の戦士たちが各々散らばり始める。こじ開けられた木箱から顔を見せたのはやっぱりツクネだった。また少し大きくなっている。レンジを見つけるとばさばさと不恰好に箱から転がりでて走り寄ってきた。青と緑の鮮やかな飾り毛がさらに増えている。相変わらず陽気で、鳥のくせに妙に表情が豊かだった。


「俺の味方はゾーイとツクネだけだ」


 レンジは久しぶりの対面に癒される気分だった。両腕を広げて迎え入れる。


 ツクネは軽やかに跳ねて駆け寄るとレンジの腹に嘴を突き刺した。ぐっさりと刺さっている。そのまま頭を振ってさらに奥へ挿し込んできた。


 レンジは絶叫しながらその場に倒れこんだ。


「おなか刺された! おなか刺されたよぅ!」


 腹をおさえながら転げまわった。おさえる手の隙間からだらだらと血が流れだす。


「くちばし! くちばしがぁ!」


 梁の上に隠れていたチンチラが爆笑しながらドサリと落ちてきた。


 レンジの絶叫に驚いてみんなが寄ってくる。ツクネの嘴からはどろりとしたレンジの血が滴っている。


 チンチラは激痛にうめくレンジを見て腹を痙攣させながら笑い続けている。笑いすぎてひきつけを起こしたようになっていた。


「なんか咥えてるぞこいつ」ギンがしゃがみ込んでツクネの嘴を覗いた。


「ないぞう……?」アカネマルも横にしゃがんで眺めた。


 ギンが嘴からつまんで取りだして手のひらに乗せて眺めると、それは拳よりもひと回り小さいオレンジ色の玉だった。よく見ると中に星空のように細かな光が見える。


「ドラゴンの宝珠だ」


 ギンの言葉に反応してまわりのみんなも近づいて覗きこんだ。


 ぼんやりと光っている。内部から神秘な光を放っていて、素材の感じはこの世のなににも似ていない。一同がその美しさに声もなく眺めているところに、ツクネの首が伸びて嘴で宝珠をつまみあげた。うえを向いて、ぶるぶると首を揺らして丸呑みしてしまった。


「あ、食べちゃった」アカネマルは思わずツクネの喉だか首だかを鷲掴む。


 ツクネは頭をふって逃れて、アカネマルを不満げに睨んだ、ように見えた。


 ギンは手拭いで手についた血をぬぐいながら、レンジの手当てをしていたゾーイに声をかけた。


「ゾーイ、この鳥さばいちゃってくれ、鶏鍋にしよう」


「ツクネ、おまえ、食ってやるからな……ちきしょう、痛い」レンジは床に転がったままツクネに恨み言を並べた。


「あの子、孔雀だったんだね」


 ゾーイが言って、ツクネに目を向けると羽を震わせてゆっくりと広げるところだった。ふるふると揺らしながら広がる羽は世にも美しい。


「大きいねぇ」ゾーイが感想をもらす。


 周囲からも感嘆の声があがる。金色の羽が光り、濃い青と淡い緑に縁取られた模様が波打っている。天井にも届きそうなほどに広がった。


「あら、すごいわね」アカネマルも感嘆する。


 レンジも痛みと突き刺された恨みを一瞬忘れて見惚れた。ツクネは優雅な首をいっぱいに伸ばして、美しい声で一声鳴いた。胸元の毛は濃い青にも緑にも煌めいて、カンナビの海のように多彩な光を放った。


 長く優美な尾と、さらに大きく広がる羽に追われるように、兵たちが部屋の隅に移動する。


「あれ?」


 なんとはなしの違和感にゾーイが気づいた。それから徐々に「ん?」という声にならない声があがり始める。チンチラも笑いをおさめて、建物いっぱいに広がるツクネの羽から距離をとった。


 天井の梁が折れる音、すぐに木材が床に落ちてきて、さらに窓のガラスが割れる音が響いた。


「でかくなってる」ギンがつぶやいた。


 派手な音がして屋根が外れて、暮れなずんでいた夕日が差し込んだ。


「退避!」


 アカネマルが指示をだして兵たちは窓や出口に殺到した。


 ツクネが巨大化している。


 建物から外に出ると、すぐに屋根は突き破られて、木造の建築はひとたまりもなく粉々に破壊された。ツクネはさらに大きさを増し続けて、落日の光を金色の羽が反射した。


「鳳凰だ!」兵たちから声があがり始める。


 レンジはチンチラとゾーイに肩をかしてもらいながら辛うじて外に出ることができた。ふり仰ぐとツクネの巨大化は止まらずその羽はぼんやりと燐光を放ち始めている。間抜け顔の能天気顔だと思っていたのに、心なしか高貴な面影が宿り始めているようにも見えた。


「ツクネ! どうしたんだ!」レンジは叫んではみたが、腹に激痛が走っただけだった。


 どんどん大きくなるツクネが動いて、その長い足で本殿の屋根を踏み抜くと、なかに収納されていた酒樽がごろごろと転がった。長大な尾は本殿にかぶさって裏の敷地全体を覆った。


 ツクネは境内に敷かれた大理石を凹ませて、燐光を撒き散らしながら飛び立った。上空でばさばさと翼をあおいで向きを変えて、不意に二の丸の無人の街区に勢いよく降下する。下にはオロチがいた。


 ツクネはオロチの太い胴体を鋭い爪の伸びた足で勢いよく踏みつけた。神殿の境内で成り行きを見つめるレンジたちにものすごい地響きが轟いた。


 咆哮しながら悶えるオロチの頭にかぶりつく。赤黒い体液がどっとあふれでてツクネの嘴をつたった。胴体を踏みつけたまま、ツクネが頭をあげると、オロチの肉が裂けて弾力のある皮がぶちぶちと音をたてて千切れていく。蛇の尻尾が激しくのたうちまわっている。


 ツクネが首をふるとオロチの上半身は無造作に喰い千切られて天高く放りあげられた。ぼろぼろになったオロチの上半身は黒い体液を撒き散らしながら放物線を描いて二の丸の櫓に激突した。木造部分を派手に壊しながら元の形を失った肉塊になって地に落ちた。


 大歓声があがる。夕陽が落ちて、ツクネが放つ光の輪郭はくっきりとまぶしい。金色の羽根から放たれる燐光は勢いを増して七色の燐光に変わり、四方に猛烈な勢いで噴きあがり始めた。


 全兵士とダルエスサラームの住民が見守るなかで、ぶわっともの凄い音をたててツクネが火炎をまとった。


 さらなる大歓声があがった。レンジも痛みも  忘れて声をあげる。


「鳳凰が顕現した!」


 鳳凰は次々とオロチに襲いかかって、圧倒的な力でねじ伏せて喰らい始めた。無尽蔵に放たれる七色の燐光と火炎は地上で爆発した花火のようだった。オロチの目から放たれる赤い神経毒魔法の光が何本もレーザーのように夜空を突いた。火炎はオレンジを経て白くプラズマ化して大気を爆発させた。その衝撃波がダルエスサラームの全域を震わせる。


 生き残りの住民と兵たちは、あらゆる壁と屋根によじ登って、跳ねて腰をふって踊りながら歓声をあげた。興奮して泣きじゃくっている奴もいる。


 レンジも我を忘れて叫んだ。ランボーとパトラッシュと一緒に、チンチラとゾーイのステップを真似て、ツクネにえぐられた腹からはぼたぼたと血をふり撒きながら踊った。


 アカネマルは上着を脱ぎ捨ててもろ肌を晒すと「焼き尽くせ!」と絶叫して声援を送った。


 神話の高貴をまとって降臨した鳳凰は、笑いながら踊っているようにも見える。オロチの屍を踏みつけて足踏みをするたびに地面が揺れた。鳳凰のジャンプに合わせて、本丸全体が兵士と民衆の足踏みで地震のように揺れた。


 鳳凰はその七色に光る羽を最大に広げて天に咆哮する。圧倒的な勝利に勝鬨をあげているようにも見えた。兵士と民衆の興奮は絶頂に至った。


 鳳凰からあふれる過剰なプラズマが稲光りを放って四方に飛んでいく。大規模な火災があちこちで発生している。


 鳳凰はオロチを喰らい尽くし、焼き尽くしてばらばらにした。遊び足りない子供のように頭を上下させて跳ねまわっていた。


 大火が広がるにつれて民衆の熱狂は逆に冷めて、火の海に呑まれていく自分達の街を呆然と眺めることになった。


 もとのツクネに戻る気配がない。


 考えてみればそんな方法は誰にもわからない。二の丸全体は大火に覆われて、四方に放たれるプラズマは遠く三の丸街区にも火の元を飛ばしている。鳳凰が全身にまとう火炎は恐るべき轟音をあげて夜空を焼いていた。


「被害が……凄いな」ギンが誰の目にも明らかなことを言った。


 鳳凰はきょろきょろと首をふってなにかを探すような素振りを見せた。


「なんだ? こっち見てる」パトラッシュに肩車してもらっているままとはいえ、すでにすっかり盛り下がって冷静を取り戻しているランボーが言った。


 レンジの周りにいる兵たちが不審に思うほど、首をかしげた鳳凰はじっとこちらを見ていた。それから突然胴体をまっすぐこちらに向ける。せっかく残っていた旧市街の尖塔を尾で勢いよく破壊した。


 翼を広げて、笑った? ように見えた。その場でぴょんぴょん飛びあがり始める。明らかだった、鳳凰はレンジを見つけた。


 周りの兵士も鳳凰の視線を追ってレンジを見た、そして徐々に距離をとり始める。鳳凰が一声鳴いて、またレンジに笑いかけた。


「あぁ、やばい」レンジの声は震えた。


「皇帝の爆弾はどうなってる!」ギンは完全に我に返って、アカネマルに鋭く聞いた。


「とりあえず、本殿に保管しといたはずだけど……」


 イズモ神殿の本殿はツクネが踏んでいって半壊している。巨大な酒樽が転がって放置されているのが見えた。


「あぁ」アカネマルは呆然として、なんとも言えない心細い声を漏らす。


 笑いながら、鳳凰はレンジへ向かって走りだした、満面の笑みに見える。わずかに残った建物を薙ぎ倒して、街を火の海に変えながら走ってくる。


「みんな! あいつはいいやつだ、わるいやつじゃない、それはわかってほしい!」


 レンジは動転してよくわからない主張を始めた。盛りあがって踊っていた群衆と兵たちは、蜘蛛の子を散らすように一斉に逃げだした。


「レンジしっかりしろ!」ギンが声をかける。「走れ! おまえはどこか遠くへ走れ!」


「どこに!? 燃えちゃうよ!」レンジはツクネの説得を始めた。


「ツクネ! 火の粉を飛ばすな! こっちくるな!」


「あんたが変な珠食べさせるからよ!」アカネマルが怒鳴りつける。


「また俺のせいか!」レンジは憤慨した。「また俺を怒るのか!」


 ツクネはレンジがよく往復していたアーチ橋を飛び越えようとして蹴躓いて、頭から街区へ突っ込んだ。ぐるりと巨大な足が夜空を回転して背中で着地して大地を揺らす。起きあがろうと転げまわると、本丸寄りの二の丸旧市街が一瞬で吹き飛んで火の海となった。


「建物の中もだめだ! 地表じゃ助からない!」ギンが鋭く指示をだす。「堀だ! 堀に飛び込め!」


 アカネマルもイズモ神殿を囲んだ堀に向かって走るように全軍に命令を下す。兵たちは、一人でも多く助かるように民衆にも声をかけながら走った。


 レンジもゾーイと肩を並べて走る。後ろからランボーとパトラッシュが急かした。内臓が飛び出すかと本気で怖くなったが、それでも腹の痛みにかまっていられない。


 笑いながら起きあがったツクネはまた地響きをたてながら突進してきた。


「レンジ、ゾーイ! 早く、早く!」チンチラが堀の縁で呼んだ。


 皇帝の爆弾に引火して巨大な火柱があがった。爆風に煽られてレンジは堀に転げ落ちながら、視界の端にツクネの驚いた顔を一瞬とらえた。衝撃波がなにもかもを吹き飛ばしていく。


 堀の水に落ちて鼓膜を破らずにすんだ。窒息しそうになりながらもがいて水面に顔をだす。爆心に生じた真空に吹き戻された瓦礫が降り注いできて、急いでまた水中に潜って身を守った。


 ゾーイに脇を抱えられてまた水面に顔をだすと、髑髏のようなキノコ雲の周りに、熱せられた空気が幾層もの雲のリングを形成している。爆風と炎が絡み合って竜巻が発生していた。


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