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カンナカムイの翼  作者: ななじぬぅす
第11章 鳳凰
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第87話 The Serenity Prayer

 天守閣のテラスにショコラを招いて、アカネマルはいつ以来かもう覚えてもいない、久しぶりの休憩をとっていた。


「レンジに責任をとる大人に会ったことがないって言われて、ギンが泣いたって話聞いた?」


「士魂があって情に厚くて若い子に好かれるから、博士も出世しないね」


「ドラゴンオタクだし、まだ境内うろうろしてるみたいよ」


 ギンはオーパーツを探してイズモ神殿の境内を一日中ずっとうろうろしていた。


 二人は笑って、しばらく周りの男たちの寸評をして盛りあがった。


「レンジがね、弟子にしてくれって」


「可愛いわね」


「心が鬼みたいに荒ぶって一時も定まらないの、いまはゾーイがもってる。オロチにとり憑かれて一時は緊急だったけど、想いを残してこの世にはとどまった」


「彼岸で生きるにはまだ若い」


「あなたもね」


 中型の快速帆船が一隻、遠く、北東の水平線に姿を見せた。それは海路の復旧を知らせるもので、アカネマルが待ち望んでいた船だった。


 水平線から目線を落とすと、港は相変わらずの混乱を呈している。右往左往する民衆であふれかえっていた。また大規模な暴動が起こるのは時間の問題だった。


 逃げるか、誰かを責めるほかにやることはないのか。眺めれば眺めるほど徒労感がつのる、力が果てしなく抜けていくような風景だった。


「ひどい世界、子供なんてぜったい産みたくない」


 アカネマルがつぶやいた。


「いっそ皆殺しにしようって、よく思うわ。国も人も滅ぼして、空も海も大地も、獣たちに返してあげればいい。わたしたちよりもきっと上手くやる」


「あなたは衆愚と床を共にする果てしない道を選んだ」


 ショコラの言葉に、アカネマルは目眩のする疲労をおぼえた。


「小心とケチだけが取り柄、目先の食い物と金がすべて、毛が抜けた猿どもが、これ以上なにやれってのよ」


 アカネマルの止まらない人類への罵倒を、その手を握ってそっと制して、ショコラは人差し指で天を指して言った。


「空から見たら、人の命は平等、生きてるだけで十分」


 アカネマルは親指を下に向けて、

「あたしは地を這ってクソにまみれて生きてる。命に条件、優劣と値段をつけるのも仕事のうちよ」と言い放つ。


 ショコラはわずかに眉をしかめた。しばらく沈黙して、港を眺めながら言った。


「悪霊に憑かれた豚の群れが海に堕ちていく」


 聖女の少し荒れた言葉遣いに、心の揺れを見る。彼女だって悲しい。アカネマルは自分の弱音を恥じた。


「あれはわたしたち」


 ショコラが言葉を続ける。


「善を望んでも果たせない、愛を望んでも得られない、延々同じ過ちを繰り返して、世の終わりを望むほど深く傷ついて苦しんでいる」


 ショコラは美しい仕草で十字を切って合掌すると、祈りを捧げた。


「人の力で変えられるものを変える勇気を、変えられないものを受け入れる平穏を、神と人の仕事を見分ける智慧を、お与えください」


 アカネマルはそっと顔を寄せて、ショコラの頬を流れる憐れみの涙に口をつけた。仄かに熱い涙は心に深く落ちて波紋を広げた。


「ショコラ、あたしと一緒にきて」


「政治家と一緒の道は行けない」


 ショコラがおっとりと拒絶すると、アカネマルは目を閉じて泣くのをこらえた。


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