第86話 太陽の女神
ダルエスサラームはアカネマルの支配下におかれ、引き続き戦時体制が敷かれていた。一時の狂騒は治まっているが、オロチに押し込められている状況は変わらない。
ドラゴンの気配に怯えて、しばらくは遠く三の丸を徘徊していたオロチは、人の気配を感知して、またイズモ神殿の周辺にまで姿をあらわしていた。
そんななか、レンジとゾーイはエロいことをしようと野獣のように鋭く機会をうかがっていた。ようやく、やっとのこと初めて唇を重ねたことで燃えあがっている。鼻息も荒く一日中顔を赤くしていた。用もないのに近くにいる、腕なり指先なり乳の先なりなんなり、ほんの少しでも皮膚を接触させようと心拍数をあげてむずむずしていた。
過密の街には人気のない場所はない。本丸と二の丸区域に突き出したイズモ神殿では、オロチの侵入を防ぐために水路を埋める土木工事がおこなわれている。避難民と、駆けまわる兵たちの目をさける場所が見つからない。
いつから軍属扱いになったのかはともかく顔見知りも増えて、おいぼけっとしてんな、などとレンジは兵士に怒鳴られる始末だった。結局、土嚢をひたすら運ぶ作業を手伝わされてから、夕闇にまぎれてゾーイを誘って現場を離れた。
二人は連れ立って夜の海にたどりついた。椰子の木の下で体を寄せ合って話をした。
「ショコラと話してたんだ、レンジは自分の尻尾追いかけ回してる犬みたいって。傷口を剥き出しにして転げまわってるのに、傷口に触ろうとすると噛みついてくる、扱いの難しい子だって」
「アホみたいじゃないか。でも甘えたら弱くなる、次に負ける」
ゾーイは笑った。
「それギン博士が言いそう、それともあのにいさん?」
レッドのことにはあれからみんなが気をつかって触れてこなかった。ゾーイがこうやって深く入ってくることは自然なことに感じられた。
「どっちだったかな、俺ではないね」
「今回は泣いちゃったもんね。でも伝えられた、助けてって、わたしを呼んだ」
「呼んだ、でも泣いてない」
「泣いてたから、大泣き。生まれたてのヌーみたいだったよ」
ゾーイのことがずっと好きだった、気持ちがあふれてくる。
「ゾーイと、やりたくて……初めて見た時からずっと触りたくて、やりたくて」唐突に、レンジはこれ以上ないぐらい野暮にゾーイを口説いた。
「わかったから」ゾーイはあきれて満面に笑みを浮かべている。
「太陽の女神」
「ん?」
「陽気で坦々としてしかも己を売らない。俺はずっとゾーイに憧れてる」
夜が深くなってきて、月と星がいよいよ迫力をましてくる。ゾーイの腰を抱いて、互いの胸を合わせて見つめあった。それからレンジは現世のこと、日本のこと、東京のこと、家族のこと、子供の頃のこと、本当は知ってもらいたかったのに誰にも話せなかった自分のことを、ありのままにゾーイに話すことができた。
「にいさんに、人生を取り戻せ、って言われた」
「元いた世界も、自分のことも嫌いなんだね」
「嫌い」
ゾーイはレンジの頬に両手を添えて、潤んだ目に同情を湛えた。
「つらいね」
「つらい」
情けないぐらい素直に本音を漏らしてしまう。ゾーイの魔法にかかったみたいだった。
「もし、お父さんかお母さんか、それに近い人に会うことがあるなら伝えて。レンジを産んで育ててくれてありがとう、ゾーイがそう言ってたって」
「わかった、伝える」
「サバンナのわたしの家族にも会って。みんなレンジのこと好きになる」
嬉しかった。取り戻せるかもしれない気がしてくる。
「ゾーイ、本当に俺が見える?」赤い目に聞いた。
「見えるよ」
月明かりに、海辺のすべてが白くぼんやりと光っている。いよいよ月は冴えて、人影が少なくなってきた。二人は裸になって海に入った。互いの体をなでて洗い合った。始めは指先で遠慮がちに、それから手のひらで優しく、熱くはやる衝動をおさえながら。
ゾーイの太ももに寄せる波が秘所の毛を揺らして、豊かに盛りあがる乳房を滑る水滴のひとつひとつに月が光っている。この世で一番美しい曲線を見る思いがする。レンジの視線を受けてゾーイの体は微かに震えた。
それから二人は砂浜に椰子の葉を敷いて脱いだ服を重ねてその上に横になった。レンジは光る赤い目だけを真っ直ぐに見つめた。
初めての二人はたどたどしく、時に激しく抱き合った。お互いの名前を呼び合って、月が中天を過ぎる頃にようやく心も体も合わせることができた。




