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カンナカムイの翼  作者: ななじぬぅす
第10章 ドラゴン
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第84話 罪と罰

 レンジは発煙筒の炎とレッドたちの狂騒に心を奪われていた。


「わっしょい、わっしょい!」


 爛々とした目で神輿を見つめながら、小さくわっしょいわっしょいつぶやいて唱和している。歌と踊りと酒の帝国を幻視していた。


 あれはお祭りだ、どうして俺は見ているだけなんだ、なんであの神輿を担いでいない。わっしょい、あんなに楽しそうなのに、なんで俺は渦中にいない、あそこに飛び込めばきっと、


「酩酊しながら最後までいける」


 アカネマル陣営が爆弾神輿に圧倒されて動きを止めているなかで、チンチラの銀尾は無意識にリズムをとって揺れていた。さらにステップを踏み始める。


 ゾーイは大剣をかまえて魔力を込めながらレンジを見守る。邪龍に魅入られてまた心を乱している。


 レンジはいきなり気合の雄叫びをあげると、太刀を横薙ぎに一閃して空震を放った。正面から空気の爆発を受けて、ヨシザウルス・ムンチャクッパス型に乱舞していた火炎が吹き消されて、カラマーゾフ倶楽部の猛者たちが弾き飛ばされた。爆弾神輿は傾いて、かつぎ棒が境内の大理石をこすった。レッドは受け身をとって立ちあがる。


 ゾーイは一気に距離を詰めて、火炎を操っていた魔道士に踊りかかると、一刀のもとに斬り捨てる。


 チンチラが歓声をあげながらレッドに襲いかかる。空中から斬り下ろされた彼女の必殺の剣は、紙一重でかわされて赤毛の先ををわずかに切った。


 レッドは無造作に瓢箪をふってチンチラの視界をふさぐと、いつの間にか抜いたサーベルの突きを放つ。眉間を狙った神速の剣は猫耳をかすめた。片手で三回バク転して距離をとったチンチラの顔は青ざめていた。猫耳をふると血が数滴飛んだ。


 三人の動きはアカネマル陣営を我に返した。


「引火したら本当になにもかも吹き飛ぶぞ!」


 ギンがアカネマルに叫ぶ。


「どうにもなんないでしょうが! あのいかれた連中を皆殺しにしてからよ、ギンもいって!」

 アカネマルは自分も鉞をかまえて指示を飛ばす。


 レッドのサーベルが白く光っている。細いが長さはレンジの太刀とほとんど変わらない。腰に下げている鞘を捨てて、酒の瓢箪は持ったままだ。また酒を飲んで、そのほとんどを吐き出して足元もおぼつかない。あれでチンチラの剣を凌いだ、尋常じゃない。


「チンチラ、俺がやる」


 レンジが横に並んで、チンチラは迷った。ボクに剣を届かせた、恐ろしく強いし、あいつはレンジの友達だって聞いている。


 ためらうチンチラの思いやりが伝わって、レンジは「ありがとう」と礼を言ってさらに前に出て太刀をかまえた。チンチラはレンジの決意を認めると、その横顔に素早く頭をこすりつけてからゾーイの加勢に入った。


「レンジ、どのみち誰も助からない。俺を殺すか、一緒に死んでついでに街を廃墟にするか選べ」


「おまえを殺して街も廃墟にして俺も死ぬ!」


「同じことだろそれ!」


 言い合う二人のあいだにレッドの部下の男が割って入り、レンジに向かって気合と共に突っ込んでくる。ゆらりと上段にかまえて、いきなり斬り下げたレンジの太刀は男を真っ二つに切った。


「おい、めちゃくちゃな奴がいるぞ、アカネマルなんとかしろ!」レッドが訴える。


 アカネマルはレンジの剣技に歓声をあげた。


「うちのレンジは誰にも止められないわ!」嬌声をあげながら特大の(まさかり)を振り上げて、右に左に足をあげて「えっさぁえっさぁ!」踊り始める。


 情勢が有利なわけではないのに、その圧倒的な胆力で現実すらねじ曲げそうな怪物ぶりだった。


 元々、生き残るつもりのない、全員が捨て身のカラマーゾフ倶楽部は手強かったが、ゾーイ、チンチラ、ギンは強い。すでに半数を斬った。


「レンジ、オロチがくる、早くけりをつけろ!」ギンの檄が飛ぶ。


 レッドは周囲の緊迫から浮いている。また瓢箪を呷って浴びるように酒を飲む。レッドが飲むほどに、レンジは醒めていった。


 瓢箪を握る指が酒毒に震えて、サーベルの先も揺れている。青白く痩せて、濃い紫の目だけが鋭く光っている。見ているのが辛い。友達が滅びていく悲しい予感。レッドの気持ちはよくわかる、よくわかってしまうのが辛い。殺されたがっている、罰を受けたがっている、終わらせたがっていた。


 レッドに歩み寄る。剣の間合いを踏み超えると、サーベルが喉元に突き入れられた。殺意のない攻撃を太刀を振って払うと、小気味のいい金属の音が鳴る。返す二の太刀で瓢箪を真っ二つに切った。


「酒も尽きた」中の酒をこぼして境内に転がる瓢箪を、気もなさそうに眺めてレッドが言う。


「爆弾も悪くないが、やっぱりおまえに殺されたい」


「レッド、なんで俺を選んだ」


 最後の時を迎えている男の傍らに自分がいる。


 レッドは考える素振りをみせた、本当に考えているのかもしれない。


「俺の人生には、罪と罰と、おまえしか残らなかった」


「友達を殺して生きていけない」


 レンジは悲痛に訴える。勢いをつけても、やっぱりだめだった。


 レッドはほろ苦く笑って「樽の蓋をあけろ」と指示をだすと、部下が樽の上に乗ってバールのようなもので杭を抜いた。蓋をあけて飛びおりると「あきました!」と報告した。


 レッドは腰に何本か付けた発煙筒を抜くと、ベルトでこすって火をつけた。そのまま後ろも見ずに無造作に放り投げる。放物線を描いて酒樽に落ちる直前にチンチラの投げた手裏剣が発煙筒を吹き飛ばす。火の粉が散って戦闘を続ける双方が息を呑んだ。


 手裏剣に気がつかなかったレッドは、爆発しない不審に振り返って「あれ?」と気軽な声をあげた。蓋をあけた部下に「起爆しろ」と淡々と命令した。


 屈強そうなその戦士が躊躇することなく発煙筒に火をつけた瞬間に、猛烈な勢いで唸りながら飛んできた(まさかり)が戦士の胸を貫いて、そのまま樽に串刺しにした。摩擦熱で引火しなかったのは奇跡だ。ためらっているレンジへの苛立ちがこもった、アカネマルからの強烈な一撃だった。彼女はすでに全軍に撤退命令をだしている。


 鳥居の向こう、陽炎と煙に透かされて黒々と揺れている。背後から仕掛けられるマムルークの攻撃をまったく意に介さず、まっすぐに向かってくる。レンジを見ている、一番でかいやつ。


 オロチがきた。


「潮時だ」


 レッドは澄んだ表情を浮かべていた。


「ドラゴンに、人生をやり直したいって願っただろ。別の世界で、自分のことを誰も知らない世界で、新しく生まれ変わりたい。俺の願いだったかもしれないけどさ」


「言うな、恥ずかしい」


 確かに、言葉にすればそんなことを考えていたかもしれない。


 レッドも少し照れたように微笑んだ。


 オロチが咆哮をあげて、一帯を震撼させた。


「レンジ!」


 レッドに強く名を呼ばれて意識を引き寄せられた。


「もう生まれ変わるな」


 酩酊が覚めて、レッドの目に映る自分と向き合った。


「人生を取り戻せ!」


 気迫を浴びせられて、濃い紫の瞳に導かれるように太刀を一閃、レッドの首を刎ねた。


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