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カンナカムイの翼  作者: ななじぬぅす
第10章 ドラゴン
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第83話 皇帝の爆弾

 木造中心の建築をあえて踏襲して古代の作りを今に伝えている。広い境内ではアムリタの酒樽の搬出作業がまだ続いていた。本殿のすぐ前に巨大な焚き火台が組まれて火入れもおこなわれている。樽の鉄を熱して酒の温度を一定以上に上げて成分を安定させる作業だった。カンナビ兵の監視のもと、杜氏と呼ばれる酒造り専門の職人がたずさわっていた。酒樽のひとつひとつは特大で、象ほどではないにしてもカバぐらいの大きさがあった。神殿名物の巨大な注連縄(しめなわ)が下ろされて、燃料に使われていた。焚き火の炎が大きな音をたてていた。


 アカネマルが炎を背にして、神殿から飛びでてきた邪悪な御神体然として、指揮をとっていた。この人はいつも人より広いか高いか一番目立つ場所を占めたがる。


 敷地に腕を組んで佇むパトラッシュは守護神のようで神話そのものの景色だった。ゾーイが、「パトラッシュこういう場所にいると絵になるね」と声をかける。


 パトラッシュは二人の姿を見とめて頷くと、レンジに「戻ったか、すぐに始まるぞ」と笑いかけた。


 表参道と境内を区切る一の鳥居の下には、アムリタの酒樽を囲むように、カラマーゾフ倶楽部生き残りの精鋭が、マムルークと睨み合っていた。一触即発の空気だった。真ん中の樽の上に座っている男がいる、手には場違いな酒の瓢箪(ひょうたん)を持っている。レッドだ。


「ゾーイ、魔導士は誰か確認できるか」パトラッシュが戦闘の指示をだす。


 ゾーイはカラマーゾフ倶楽部に目をやって、「二人いる」と一瞬で見抜いた。


「これだけ火を使っていれば魔法の触媒になる。味方の魔導士はオロチの誘導にまわってもらうかもしれない、そのときはゾーイが対応するんだ。敵が火炎の魔法を発動したら、チンチラと連携して最優先でその二人を攻撃してくれ」


 参道の先、二の丸区域に続く道からランボーが率いるマムルークの部隊があらわれた。カラマーゾフ倶楽部の制圧を終えて戻ってきた。レッドが率いる最後の勢力は完全に包囲された。


 レンジが見る限り、カラマーゾフ倶楽部の生き残りは屈強な精鋭がそろっていた。男も女もいて、マムルークにも引けをとらない体格と面構え。誰もがレッドに最後まで付き合う覚悟を決めていて、豪胆の気を発している。さすがレッドだ、レンジは誇らしいような奇妙な感慨が湧いた。


 レッドはふり向いてランボーの部隊を確認してから、酒樽から飛びおりて前にでると、アカネマル率いる部隊と対峙した。不敵な笑みを浮かべたまま、まったく物怖じする気配はない。


「そろったか」と瓢箪から酒を飲んで、すぐにそのほとんどを咳きこみながら吐きだした。


「マムルーク、見事に鍛えたな、無敵じゃないか」懲りずにまた酒を口に含んでから、アカネマルに話しかけた。「カンナカムイの嬢ちゃんにアッティラ卿。おぉ、イワシ家のネコマタか、当代は随分若いんだな」


 あえて言及を外されたレンジが「おーい、俺もいるぜ」と口を挟んだ。


「レンジ!」レッドが怒鳴りつけて、また咳き込んだ。うがぁ、と叫んでからさらに怒りをぶつけてくる。


「この馬鹿野郎! 船に乗れって言ったろうが!」


「あんたこそ!」レンジも前にでて言い返す。「もう仕事終わっただろ! ラーメン食べて帰れ!」


「てめぇ、やってるわけねぇだろ! 俺が流通止めてんだから!」


「はいはーい」アカネマルが上機嫌でのしのしとしゃしゃり出る。


 装飾過多の白装束をひらひらとなびかせて参道を花道に見立てるように闊歩する姿は、悪魔に魂を売ったタカラジェンヌのようだ。


「レンジ、友達は諦めなさい、ここでぶっ殺すからさ」


 子犬をプレゼントされた乙女のようにはしゃいでいる。


「クーデターか」レッドが舌打ちする。「やるなら貴様だよな」


「後であたしがやってきたやばいこと全部、あんたとガスコインの豚のせいにしてやるわ、ざまあみなさい!」


「なんて奴だこの悪魔!」


 アカネマルは尻を左右にふりながら、揺れる胸の前で拳をぐるぐるまわして、人を小馬鹿にした満面の笑みを浮かべてさらに舌をだして頭をふった。味方もあきれるぐらい憎たらしい仕草だった。


「もっと悔しがりなさいよぉ」


 レンジは思わずレッドに声をかけた。

「レッド、こんな邪悪な怪物に関わっちゃいけない。ここまでだよ、自決するなら介錯ってやつを俺がやる」


「こんな人でなしは見たことねぇ」レッドがしみじみつぶやいた。


 アカネマルはますます嬉しそうに高笑いすると、広げた鉄扇を一閃して火の粉を払って、カラマーゾフ倶楽部に宣告した。


「アムリタはもらったわ、あとはあたしが始末する。あんたらは全員殺して焚き火の薪にしてやるわ」


 突然周囲が昼間のように明るくなって、レッドを中心としたカラマーゾフ倶楽部の戦士たちの姿が逆光に縁取られた。遅れて轟音と衝撃波がとどいて、立っていられないほどに大地が揺れた。二の丸の外壁付近に巨大なキノコ雲が盛りあがる。


 レッドは酒樽に登ろうとして、酔っぱらいの千鳥足をもつれさせた。部下に押しあげられながら樽の上に立つ。


 地鳴りが続いている。爆風が不規則に渦巻いて炎を煽って、境内に火の粉を降らせた。レッドは両手をかかげてその火の粉を受ける。


「皇帝の爆弾」


 樽の上で舞いあがる火の粉をまとうレッドは魔人めいていた、「この世で一番強力な爆弾だ」


 レッドは瓢箪から酒をラッパ飲みして、目を閉じてしばらく陶然とその酒の余韻を味わった。


 状況が見えてきた。爆弾で二の丸の城壁が破壊された。アムリタがどうなったのかはわからないが、オロチがくる。誰もが、あまりにも唐突な事態に呆然と声もない。


 地鳴りと爆音の反響が延々と響き続けている。


「威力は、アッティラ博士がよくご存知のはずだ」


 レッドの声だけが、場違いな冷静さをもってとどいた。


 みんなは急に我にかえると、「はあ!」と非難の大声をあげてギンを見た。


 注目を浴びてギンは言いにくそうに語り始める。「皇帝の爆弾は通称でな、あんまり凄いのができちまって、国際条約で禁制にしたんだが……そっか、いま税関機能してないか、あの爆弾なぁ……アーセナル技研にいた頃に俺が作った」


「なにやってんのおっさん!」レンジが突っ込みを入れる。


「なんであんなもの作ったのさ!」チンチラも怒気を発する。


「考えやがったな」ギンは頭に巻いた手拭いをがしがし引っ掻いた。「樽を補強してる鉄を熱して一定の温度に達すれば起爆する、あたりまえだが直接火いつけても爆発するぞ」


「ギン博士」ゾーイもさすがに非難の声をあげる、「爆弾作るとかそういうの病んでるよ、レンジのこと言えないよ」


「若気の至りっていうか、なんかムカつくこと多くて吹き飛ばしてやろうと思ってさ、その頃」


「いい加減にしてくれ!」レンジが叫んだ。


「これな」と足元の酒樽を指差しながらレッドが言う。「そう、みなさんの予想通り皇帝の爆弾、特大の。ここで爆発させれば、本丸も吹き飛んで海への道がひらく。侵入したオロチは最後の一人まで喰らい尽くす」


 神殿の堀にはすでに酒を流している。オロチは二の丸の住民と兵士を殺戮しながらすぐにイズモ神殿にいたるだろう。


 アカネマルは、上から目線で分厚い人文書をプレゼントされた乙女のような不機嫌で命令を下した。


「パトラッシュ、二の丸は放棄して住民を本丸に避難させる。収容しきれないか間に合わない人数は三の丸へ誘導」


「三の丸じゃ逃げ場がない」パトラッシュが反論する。


「もうどっちにも逃げ場はないわよ、オロチを牽制して時間を稼ぎなさい。こっちはなんとかするから、貸しにしといて」


 パトラッシュは即座に部隊を移動させた。ランボー隊と連携して二の丸へ向かう。


「アカネマル、天下取れたのに、残念だったな」


 レッドが挑発して、カラマーゾフ倶楽部の戦士たちは歓声をあげた。戦士の一人が酒樽の蓋を割るとアムリタが飛び散って甘美な香りが漂ってきた。升で仲間にまわして、みんなでがぶがぶと浴びるように飲み始めた。


「どこで爆発させようが一緒だがせっかくだ、本殿に突っ込むぞ!」


 レッドが号令すると部下たちは、搬出作業用にあらかじめ組まれた担ぎ棒に肩を入れて気合の叫びをあげた。爆弾の神輿(みこし)が持ちあがる。


 かつぎ棒の上に仁王立ちのレッドは発煙筒に火をつけて、それをぐるぐる回しながら音頭をとった。


「そぉれわっしょい!」


 カラマーゾフ倶楽部は恍惚とした表情を浮かべて意気をあげる。爆弾神輿は激しく揺さぶられながら鳥居をくぐり、本殿前の巨大な焚き火に向かって進んでいく。


 異様な光景にアカネマル陣営は戦慄して呆気にとられている。


「おいおい」ギンがつぶやいて、


「やばいわ、これはやばい」とアカネマルもめずらしく焦りの表情を浮かべている。


 爆弾神輿とそれを囲んで囃すカラマーゾフ倶楽部の戦士たち。飲めや歌えや踊れやの大騒ぎだった。


 口に含んだ強い酒を発煙筒に吹きかけて炎をあげている奴もいる。失敗して上半身が燃えあがったそいつは両腕を振り回して転げまわった。


 神輿の周りには魔導士が火炎で動物や恐竜の形を作って華を添える。いまにも引火しそうな爆弾を盾にされて手がだせない。オロチがくるのも時間の問題だった。


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