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カンナカムイの翼  作者: ななじぬぅす
第10章 ドラゴン
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第82話 クーデター

 三人はイズモ神殿に急いだ。街に入っていたカラマーゾフ倶楽部はほとんど掃討されていた。マムルークは各所ですでに戦闘を終え、治安維持のカンナビ正規兵に現場を引き継いでいた。


 港の混乱とは裏腹に本丸から二の丸にかけては秩序が戻っている。避難することができた住民たちは、神殿や大きな公共機関の建物に集められて、軍の指示に従って統制がとれていた。


「いつの間に静かになったの?」レンジが聞くとギンが、

「アカネマルが決起した」と答えて道々、オロチ退治の作戦の説明をしてくれた。


 オロチは三の丸の人間を虐殺し尽くして徘徊を続けている。二の丸区域を囲む城壁には、水門以外で三の丸への門が八つある。それぞれの壁の上から門前にアムリタの樽を吊り下ろして設置する。できる限りオロチを分散させるためだった。霊酒を飲んで眠った個体から退治する。


 八匹がしっかりと眠ってくれればいいが万が一、二の丸に侵入された場合はイズモ神殿の敷地に誘導して退治する。


 イズモ神殿は二の丸区域の中で本丸から突出した出丸にあたる。遥か古代の神話の時代、海からカンナビに上陸した先祖が、魔獣や霊獣と戦う前哨基地となった場所だった。


 出丸を囲む堀にはオロチの誘導のためにすでに酒が流されている。眠っていないオロチを相手にしても勝ち目はないが、アムリタは十分な量が用意されているとのことだった。


 神殿裏の敷地がマムルークとカンナビ正規軍の混成部隊の駐屯地になっていた。神官の居住地になっている地域の建物の一角に、救出されたショコラがいた。


 ショコラの周りには、海辺のキャンプで一緒に仕事をしていた顔見知りの何人かと、ゾーイがいた。ショコラは横たわってなにか雑談しながら、笑顔も見てとれてレンジは心底安堵した。


「レンジ!」


 ゾーイが飛び出してきてレンジに抱きついて、傷にそっと触れていたわった。


 彼女は戦仕様の塗料を顔に塗っていた。鼻筋に白、目の下に赤い隈取り。切長の大きな赤目がさらに際立って爛々としている。乳房にもカンナカムイの魔除けの紋章を塗っていた。


 ギンが、「レンジ、時間はないぞ。本殿前の参道に来い」と指示をだして、チンチラと一緒に先に走っていく。


 ショコラの世話をしてくれていた人がレンジのために場所を空けてくれた。


「ショコラ、助けようと思ったんだけど……」


 彼女は両腕を広げて微笑んで、レンジは膝をついてショコラを抱きしめた。


「嬉しかったよ」


 無残で、痛々しかった。ショコラの肌は黒いから、血や傷が目立たない。抱き合ってみると、綺麗だった肌のところどころに打撲や切り傷があるのがわかった。


「手を汚したね」


 一瞬、自分の血がつくのをショコラが気にしたのかと思ったが、違う。ガスコインのことだ。レンジは体を離して、少し乱れていた彼女の衣服の胸元を整えながら、

「これから、友達も殺すことになるかもしれない」と言った。


 なにを選んでも、どちらに向かっても、悲劇の予感がする。無力なだけなのか、どこかで道を間違えたのかわからない。こんな酷い目にあったショコラの前で泣き言も漏らせない。


「破門? 入門してないけど」


 レンジは笑おうと努めて、表情がうまく動かなかったのが自分でもわかる。ショコラの目を見ることができない。「いくよ」と言って立ち上がって、参道へ足を向けた。


 ショコラはレンジと一緒にいこうとするゾーイに声をかけた。


「ゾーイ、あの子またオロチを見てる」


 ゾーイは振り向いて、

「なにも心配いらない、最後までわたしがついてる」迷いなく力強く言いきった。


 腰をかがめてショコラの額にキスをして、レンジを追った。惚れ惚れする美しい武者振りに、ショコラも周りの人々も陶然として見惚れた。


 ゾーイはレンジに追いついてその手をつないだ。彼女はいつもレンジの左隣に並ぶ。左利きだから、というのが理由にならない理由だった。


 ゾーイの暖かくてしなやかな指の感触はレンジに、アレクサンドリアで送った平和な時間を一瞬だけ切なく思い出させた。本殿前の集合場所へ向かうあいだ、二人はずっと手をつないでいた。


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