第79話 殺人
レッドの船の前まで来ても迷いは生じなかった。行く道は決まっている。
特別な警備が敷かれているそのガレオン船には、屈強な沖仲仕達が大きな酒樽をおろし終えてからすぐに、身分の高そうな連中が乗り込んできた。傍らから眺めるレンジにも、カンナビ連邦政府高官と取り巻きの亡命者達だと分かった。封鎖されているはずの港へどこから入ってくるのか、次々と船に乗り込んでいく。同胞から巻きあげた金を持って逃げていく。
バリケードで封鎖された向こうで、必死の形相で人を押し退けながらガスコインがあらわれた。何人かの取り巻きが続く。いつも余裕がなくて、いっぱいいっぱいの感情がそのだらしない腹とだぶついた頬を震わせている。上半身と下半身の動きがちぐはぐで不恰好な様がもう見てられない。そわそわした落ちつかない気分が感染りそうだ。近寄るな、と思う。
失脚してから亡命までの素早さ、なりふりかまわない恥のなさ。船に伸びるスロープを踏み込んで、まさに乗りこもうとするその時に声をかけた。
「おまえは真っ先にくると思った」
声に顔を向けたガスコインは、抜刀して立つレンジの視線を受けて息を呑んだ。その佇まいは明確な殺意を放って、周りで右往左往する人混みから不穏に起立していた。
レンジが一歩踏みだすとガスコインは身を引いて、自ら引きずる革製のトランクに足を引っかけてふらついた。
「なあ、おまえはなんのために生きてんだよ?」
血の滲みだらけのレンジの姿は不気味で、凶暴な気配は周囲を凍りつかせた。
「毎日不機嫌でびくびくしながら、威張り散らして媚び売って、人に嫌われて、意地悪なことばっかり考えて。この船乗って生き残れたとして、また今までみたいにやってくのか、なにが楽しいんだよ?」
つい余計なことを言って不快になる。人の劣情を喚起する、この豚は。
ガスコインがなにか口にだそうとする前に、レンジが斬りあげた斬撃は心臓を斜めに両断していた。脇腹から入って肩口へ抜けた。腹が割れて臓腑が飛びだす前に、太刀の腹で無造作にその顔面を払いのける。
そのまま海に落とすつもりが、岸壁に半身が残った。最後まで面倒くさく見苦しく嫌な奴だ。踵で押して蹴り落とすと、無様に落下して水音をたてた。埠頭に残ったわずかな血溜まりすらも不快に感じる。
「さがれ、おまえらも斬るぞ」
レンジが凄むと、呆気にとられて竦んでいた取り巻きたちは群衆にまぎれて散っていった。




