第74話 元気がなくなると、嫌なことを思い出す
本丸区域と二の丸の境目に近い、薄暗い牢に入れられた。明かり取りの四角い穴から差し込む光は、牢屋の影をこそ際立たせている。
部屋の真ん中に置かれた水の入った木桶にちょうど光が当たっていた。鉄の扉は重く厚い、隅には藁の筵が敷かれている、他にはなにもない。
騒然とした街の音が聞こえる。暴徒がぶつかり合う怒号に軍隊の号令が混ざる。
首に嵌められた宝具が気の流れを阻害していた。体力まで奪われて四肢の動きも強張っていく感じがする。これでは魔法が使えない。
目を閉じて心を落ちつけようとしても、ショコラの無惨な姿、良いも悪いも判断せずに仕事をする兵士たち、狂った民衆の昂揚した顔が目に浮かんできて感情が乱される。怒りが湧きあがって鎮まらない。外からの音は想像を刺激されるだけで、かえって焦りがつのるばかりだった。
桶から直接飲もうとして、あふれた水にむせて咳きこんだ。膝をついて手拭いに水をひたして顔の血を拭いた。べっとりと赤くなった手拭いにまた水をかけて、ずきずき痛む傷口に当てると強く滲みて、惨めな気持ちがつのる。
力なく壁際に座りこむと、背中と足腰に冷気が伝わってきた。深く吐き出す息はほんのりと白く、季節は冬に近い。
元気がなくなると、嫌なことを思い出す。とても辛かった頃の気分がよみがえる。そういえば現世の連中はどうしてるかな。繋がりを拒んでいたから、誰の顔もぼんやりとして思い浮かばない。
子供の頃のことはよくおぼえているのに、あの渦巻きが現れてからのことはぼんやりとして曖昧だ。灰色の霧がかかっているみたいで、意識を向けると気分が沈む。
現世のことは思い出したくない。家も学校も街も地獄だった。
体調が崩れてなにもできなくなってから、ずっと憐れむような蔑むような目で見られてたな。情けなくて申し訳なくて、生きた心地がしなかった。変わらないか、今も、なにも。




