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カンナカムイの翼  作者: ななじぬぅす
第9章 レヴィアタン・ジギラニラゾ
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第71話 喧嘩

 恒常的におこなわれているデモと頻発する暴動はさらに苛烈さを増していった。その日は遂にダルエスサラームの全住民に外出禁止令がだされた。皮肉なことにそのお触れに反発した住民たちが、朝から大挙して街頭へ繰りだして混乱に拍車をかけることになった。


 ガスコイン派とカラマーゾフ倶楽部が扇動する反政府の闘争なのか、暴動の当事者達もわかっていないほど混乱している。


 いよいよ治安は悪化して、誰もが風雲急を告げる雰囲気に呑まれている。どんな破局が起きてもおかしくない、その緊張は臨界に達している。


 兵士と暴徒が揉み合って、いたる所で建物に火の手があがっている。脱出を試みる民衆が押し寄せる港の暴動は特にひどい。港や北の海岸沿いの難民キャンプにまでその混乱の波が広がっていた。


 ただでさえ難民はいわれのない敵意や暴力を向けられることが多い。


 ショコラが自分だけ避難することなどありえない。せめて様子だけでも見にいきたいのに、移動の自由は完全に奪われている。レンジたちは心配の時を過ごしていた。


 翌日以降も暴動はさらに広がって、テントで埋まる海岸を逃げ惑う人たちの姿が見えた。ここまで暴動が広がれば治安維持の兵士たちも手がまわらない。


 レンジは三日ほどまともに寝ておらず、決起して暴動に参加することを訴え続けていた。いらいらと歩きまわって、マムルークの宿舎に流れる緊迫した空気に殺気を添えていた。



 レンジとギンは昨夜から続く喧嘩を朝一から再開している。チンチラもゾーイも、周りのマムルークたちもうんざりしながら二人を遠目に眺めていた。


「アカネマルはなにしてんだよ!」


 武装して海辺に出かけようとするレンジだった。


「騒ぎを起こすな、おまえは刀振り回したいだけだろうが!」ギンが怒鳴り返す。


「襲われてんのはショコラだぞ、あいつら誰を売ろうとしてんのかわかってんのか」


 レンジの怒りはショコラを生贄にしようとする街の人間全てに向けられている。


「無気力で怠惰なくせに不満と悪口しか言わない、あの陰気なムカつく目をした奴ら、許せない」


 見境のない怒りだった。


「あんな奴ら!」レンジが投げた陶器のマグカップが割れて耳障りな音をたてた。


「レンジ、わきまえろ! おまえが出ていってどうこうなる問題はなにもない!」


「ふざけんな!」レンジは椅子を蹴りあげた。「俺たちはなんのために武器もってんだよ、いまがその時じゃないのかよ!」


「役割と領分ってもんがあるだろうが」


「なにが」レンジは顔をしかめて吐きすてる。


「俺は責任とる大人に会ったことねぇよ!」


 ギンの目がすわった。


「金持ちはみんな逃げだして港に向かってるぜ」


 ギンがゆらりと立ちあがる。


 激怒しているギンの覇気は周囲を圧倒した。チンチラとゾーイが怯えて、パトラッシュとランボーが慌てて席を立つ。部屋中がギンが放つ殺気に凍りついた。


 レンジも一瞬で失言を悟る。斬られるか殴られるのを覚悟した。


「かかわった戦の旗色が悪くなったら、尻尾巻けってのか?」


 ドスの効いたギンの声だけが低く響く。やばい、と全員が身を硬くする。


 ギンが一歩踏み込むだけですごい緊張が流れて、パトラッシュとランボーが二人のあいだに入れるように立ち位置を探った。


 チンチラが手振りでレンジに部屋を去るようにうながす。


 レンジは直立不動で動けない。


「みくびるんじゃねぇぞガキ!」雷鳴のような怒鳴り声が響く。


 本気で怒らせた。レンジは無言で黙礼すると、その場を立ち去った。



 ギンはしばらくしてため息をつくと、ソファにどさりと腰をおろした。部屋中に張り詰めていた気が少し緩む。


 めずらしく感情を乱しているギンにパトラッシュが声をかけた。


「どしたの、ギン」


 無言でうなだれているギンに、ランボーが少し心外の意を込めて続いた。


「士族に対しては失言だったけど、あんなに怒るなんて。レンジはあなたのこと好きなんだよ、敬意をもってるから、期待もしてる」


 ギンは手をかかげて頷いて、わかっている、の意を伝える。


「元いた世界でなにがあったのかは知らないが、あいつは育ちが悪い」そう言って、もう一度深く息をついた。


「ろくでもない大人たちに囲まれて育ったことはわかる」


 ギンはしばらく言葉を詰まらせた。


「あいつは自分を滅ぼそうとしてる。あんなに若いのに、ずっと死に場所を探してる」


 感情が乱れたまま、抑えようとしても言葉が堰を切ってしまう。


「ガキが死のうとするなんて、そんな国があってたまるかよ!」


 言葉を振り絞って顔をおおった。ギンが嗚咽を漏らしている。


「せっかく異世界に転生したのに、こんな世界しか見せてあげられなくて……情けなくて」


 指の隙間から涙があふれている。


 ランボーとパトラッシュが思わずギンに寄り添って肩を抱いた。


「一人前になるまで一緒にいてやりたいが、そろそろ時がくる」


 ギンは落ちつきを取り戻して、手拭いで涙をぬぐって言った。


「街が落ちても、脱出して生き残ることができたら、チンチラとゾーイと、あいつのこと頼む」


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