第69話 粛清
内臓を絞りあげられるような責任という名の仕事、そのすべてが緊急で、先送りは事態のさらなる悪化をまねく。本人が一番よくわかっている。キンミヤ・ガスコイン総統はそれらの案件すべてと向き合わないために酒を飲んでいた。
本丸の宮殿街の一角にある執務室へ閉じこもって、最近は一日のなかでほとんどない一人の時間に未練がましくしがみついていた。ブーツを履いたまま机の上に足を放りだして中空を眺めている。部屋の外には何人もの閣僚と秘書官がいらつきながら待機していた。
先の敗戦一つとっても総統の地位は失う。死に体の政治家に敬意をはらう人間などいない。あの目だ、道端に転がる石ころを見るような無関心な目。誰の関心を引くこともできない自分、誰に対する影響力ももてない自分。地位を失ったら自分にはなにもない、誰にも相手にされなくなってしまう。だからあらゆる手を使って権力にしがみつかなければならない。
事前交渉における反乱軍の要求は総統の退陣、内閣の解散、沿岸貿易利権の再配分、負債の免除、内陸の首長国や部族の長たちの上院への参与。ガスコインはあらゆる手段を使って交渉を長引かせる施策をとっていた。落としどころなど考えていない。ただ、権力だけに固執した。
飲めば飲むほど悪い酒になる。盛大なため息をついて、こぶしで額を何度もたたく。
モガディシュでアッティラ卿の親族だと紹介された、あの小癪で生意気な青年のことを考えている。人を虫けらのように見て、不機嫌に睨みつけてきた。アカネマルと仲のいい青年。
なんでアカネマルのまわりにばかり人は集まるんだ。
駐屯地で再会した時に、彼をおぼえていないふりをした。得ている情報をさとられないための用心だった。アッティラ卿の動向を探らせていた内偵から、あの青年がジギラニラゾと接触しているという報告を受けたときは思わずほくそ笑んだ。
アッティラ家とアカネマルのつながりと、ドラゴンの宝珠の行方を探るのが元々の目的だった。宝珠は本当に持っていないようだったが、思わぬ成果があがった。
カラマーゾフ倶楽部の指導者とのつながりは、政敵を攻撃する材料としては最上等の成果だった。自分の落ち度と民衆の批判を逸らすこともできる。
アカネマルを見返すことができるかもしれない。
混乱に乗じたガスコインの粛清は、その陰気で粘着質な性格を反映して隠微に、そして徹底的におこなわれた。
庶民から高官にいたるまでのあらゆる階層のなかから、反乱軍に通じたと噂されたりテロの嫌疑をかけられた人々が不当に逮捕、拘束された。支持率をあげる有利な情報はその真偽にかかわらず流れるままに放置した。




