第63話 気分が良くても心配するな、すぐに悪くなる
留守を任される形になっているアカネマルは、昼夜を問わず戦況の報告を受けている。懸念を晴らして気分よく仕事を進めていたのも束の間、嫌な予感に囚われていた。
ガスコイン総統自ら率いるカンナビ連邦正規軍が出陣するとすぐに、反乱軍は蛇行するビクトリア川を利用して大規模な戦闘をさけながら後退していった。
退却は明らかに偽装で、本格的な会戦をおこなって兵の数が減るのをさけているだけにすぎない。刻々と集まる反乱軍の数がそろうまでの時間稼ぎだった。
小競り合いを続けながら後退する反乱軍を追いながら、ガスコインは三日にわたる進軍でシラホネの荒野まで軍を進めた。
荒野を過ぎればラムサールの湿地を経て、果てしないジャングル地帯に入る。平坦な荒野は反乱軍が有利な野戦をおこなえる最後の地形になるはずだが、それにしても動きが消極的すぎる。
嫌な予感は的中して、ガスコインから矢継ぎ早に救援の命令が届き始めたのは翌日だった。その日のうちにカンナビ連邦軍壊滅の報告も上がり始める。正確な戦況が分かり始めた頃には、ダルエスサラーム外壁の西の櫓から状況を目視することができた。
気分が良くても心配するな、すぐに悪くなる。次になにが起こるのかはどうせ誰にもわからないのだから、遠慮しないでやっちゃえばよかったわ。
一行を率先して姿をあらわしたレンジを見て思った。
マムルークの幹部連と一緒に緊急招集を受けたレンジたちは、ダルエスサラーム外壁の最も高い場所に設置された、高官用の物見櫓を兼ねた展望台に集まった。
アカネマルが、慌ただしく出入りする伝令から報告を受けながら指示を飛ばしている。
レンジたちの姿を認めると顎をしゃくって外を見るようにうながした。兵士や高官たちが緊張と不安の面持ちで街の外を眺めている。
先に来ていたランボーとパトラッシュが、外に突き出した展望台の真ん中に陣取って夕日を正面から受けていた。
戦闘の気配というか気迫のようなものを常に漂わせている大柄な二人の横は、近付き難いと感じられているのか場所が空いている。レンジたち四人に気がついたランボーが見やすいように場所を譲ってくれた。
レンジが木の手すりから身を乗りだすと、視界が夕日のオレンジでいっぱいになって少し目がくらむ、サバンナの空と雲の美しいこと。
やがて夕日が赤く色を変えてすごい勢いで地に沈んでいく。広大なサバンナにあるすべてのものが黒く長い影を引く。
戦意を失い恐怖に駆られたカンナビ連邦軍が戦列を千々に乱しながらひたすら街へ向かって潰走している。
夕日に禍々しい漆黒の影を揺らせて八匹のオロチがその後ろから迫っていた。
暗闇が迫る。食い入るようにその混沌とした光景を見続けた。レンジはひそやかな興奮をおぼえた。呼吸が浅くなる、意識して深く呼吸するとその呼気が震えた。
ゾーイがレンジの腕に自分の腕を絡めて胸に寄せる。状況に怯えたのではない。オロチに惹かれるレンジを引き止めようとした。
なにかもの苦しいような切迫した瞳でオロチを見るレンジの心に不穏なざわめきを感じる。アルーシャでオロチと戦ってからずっと気を乱されている。凪と時化が入れ替わりながら、不穏で危険な方へ寄せられていく。
ゾーイはレンジの腕を包んだ胸を揺すって彼の視線を引いた。
レンジは夕日よりも赤いゾーイの目からその豊かな胸に埋もれた自分の腕に視線をうつすと目を見開いて「おう」と口にした。
「おう、なんでそんなにくっついてるんだよぅ」
いつのまにか背後にいたチンチラが不機嫌に声をかける。
「大変だよ、八匹もいるよ!」
二人のあいだに割り込みながらチンチラが声をあげた。
今後の指示は追って通達する、アカネマルは厳しい表情でそう告げると、ランボーとパトラッシュ、ギンを残してレンジたち三人には退場を命じた。




