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カンナカムイの翼  作者: ななじぬぅす
第7章 ダルエスサラーム
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第62話 好きな人

 アカネマルに呼びだされたことを話すと、チンチラとゾーイから、アカネマルは誰かと付き合っているのか、ギン博士との関係は? いま好きな人はいるのか探ってこい、との指令を受けた。


「好きな人」は、レンジが海辺のショコラとの会話を話題にしてから三人のあいだで流行っている言葉だった。



 大理石作りの本丸宮殿は簡素で装飾が少ないのに、要所の絶妙な曲線がレンジにもその雅を感じさせて心地よかった。


 案内してくれた兵に礼を言って、扉を開けると回廊がそのまま外に通じている見通しのいい部屋。段差で舞台のように高くなっているところにテーブルと椅子が用意されていて、優雅に座ったアカネマルが手を振った。


 広い部屋の隅に二人、入り口の扉に一人の兵士が警護についている。不思議な部屋の作りで、回廊の外は柵もなくそのまま外にむきだしになって青空が広がっている。


 七層の宮殿の、天守閣のひとつ下の階にあたる。元々は、遥かな昔に太陽の女神を信仰する皇族が、朝日を遥拝する神事を行うために作られた部屋だった。


 髪は紅白のストライプに染められたまま、絹のドレスは、胸元が挑発的に開いているにしても、彼女にしてはめずらしく柔らかい印象を受ける。白い乳房から首筋にかけて戯画化されたドラゴンの刺青がよく見えた。


 レンジは隣りの椅子に勝手に座るなり、

「外に出たいんだけど、街をうろうろするの好きなんだよ」といきなり自由な外出許可を求めたが、アカネマルは笑って首を振って、自ら陶器の器にお茶を淹れてくれた。


「キントキ閣下、聞いてる?」


「アカネマルでいいわよ、仕事の付き合いじゃないんだし」


 ずいぶん仕事をさせられているような気もするけど不問にしよう。それからレンジは直球を投げた。


「アカネマルは好きな人いるの?」


 率直な質問に一拍の間があいた。


「好きな人……っていいわね、なんか久しぶりの響きだわ」


「ギン博士と仲いいね」


「ギン、悪くない。でもお互い移動が多くて忙しすぎるし、私情を入れない関係の方がやりやすい」


「だからなにをやるんだよ、ほんと怪しい」


「あら、口滑らせたわ」


 アカネマルは紅茶をレンジにすすめていつもの悪い笑みを浮かべる。


 恋の話には乗ってくるのに、この辺の話題ではレンジはいつもまったく相手にされない。


「ランボーさんは? ちょっと口下手っぽいみたいでよくわからないところもあるけど、俺あんなかっこいい人見たことないよ」


「ランボーちゃんねぇ」


 アカネマルは自分の器にも紅茶を注いで、思案するそぶりを見せた。


「しかも恐ろしく強くて勇敢。オロチの頭に飛びついて耳に噛みついてたとこ見た? 凄すぎ」


「ランボーちゃんってさぁ、もしかしたら……」


「なに?」


「いや、あんたはどうなのよ、ってカンナカムイのおっぱいちゃんか」


「俺は……」


 レンジの半生は二言で言えば、極度の不機嫌と体調不良。そんなことだから憧れはあるにしても女性との人並みの恋愛には縁がなかった。


「なに縮こまってんのよ。まずもっと話して楽しませなさいよ、じろじろ見てるばっかりじゃなくて。自分の話なんかするんじゃないわよ、くだらない下ネタなんかもだめよ、気持ち悪い」


「なんかかっこつけちゃったりして、かえって変なこと言っちゃうことあるよ。それであとで、あぁっ、て後悔する」


「自然にしてればいいのに、ダサいわねぇ」


 レンジは一言も返せずに首を振る。


「それから美味しいものを一緒に食べにいきなさいな、お店教えてあげるから。それからあんたが誠実で清潔でそこそこ見られる顔でそれなりに助平で運が良ければ一発いけるかもよ」


「そんなにいろいろこなさないとだめなわけ?」


「そうよ、抱きたいんでしょ、あんたにとっての世界一でしょ、ひれ伏して観念しなさいよ」


 ニヤニヤしながら視線を注ぐアカネマル。レンジは紅茶に口をつける。もやもやとした気分で話題を変えた。


「俺の友達が言ってたんだ、女は月に一回好きな男に喧嘩をふっかけて意地悪するって、ほんと?」


「あんたどんな友達とつるんでるのよ」


「ゾーイはいつも穏やかだからさ、ちょっと気になる」


「そんな気分になる時もあんのよ。あんただってちっちゃい頃に気のある女の子にちょっかいだしたりしたでしょ」


「しないよそんなこと、なんで好きな子に意地悪するんだよ。あと大きくなってから意地悪するってどういうことさ、そういうのやめなよ」


 今回は怒られる様子もなさそうだからレンジは調子に乗ってたたみかける。


「もしかして俺のこと好きなの? 外出制限したりしてさ、意地悪」


「うるさいわぁ、あんたうるさいわよ」


「あと、楽しいことと美味しいものと気持ちいいこと以外は興味のない生き物だって言ってた」


 アカネマルは弾けるような笑い声をあげる。珍しいものを見るように護衛の兵が目を向けた。


「大概にしなさいよあんたたち」


 レンジも笑いながらマンボゥでの会話を思い出す。


「すごい真剣な顔で念を押されたんだ」


 アカネマルはひとしきり笑ったあと「はぁ、バカねほんとに」と一息ついた。


「人それぞれよ、あたしはイラついてる状態が普通だから好き好きぃってなっちゃうわ、月一で」


「はぁ?」


「なにを言わせるのよこの小坊主!」


 アカネマルは優雅な手つきで茶器を取ると、レンジの紅茶にブランデーのようないい香りのする液体を垂らしてくれる。


「それでそのあんたのバカ友はなにしてる人?」


「バカじゃないって、友達を悪く言うなよ。酒の商いしてるって言ってたけどね。歳は離れてるんだけど、すごく気が合うんだ、話も面白くて喧嘩も強い」


「そうなの、一緒に飲んでただけ?」アカネマルは相槌をうって話の先をうながした。


「まあそうだね。あとしょうもない話なんだけどさ、居酒屋で冒険者風のごろつきに絡まれたことがあって、俺がマンジャロ様を引用して挑発したんだ」


 レンジは少し話を盛った。


 アカネマルの目がそれとなく鋭くなった。レンジは気づかずにお気に入りのエピソードを話し続ける。


「やっつけた?」アカネマルが聞くと、


「実は逃げたんだ」と言って楽しそうに笑った。


「かっこ悪いけど全力で走ったね俺は」


「どこに逃げたのよ?」


「ファロスの灯台。けっこう距離あったけど」


「あの灯台って登れるのかしら?」


 アカネマルは話題を誘導する。


「登れるんだよ! 工事中だけど。酔い覚ましに一緒に登ったんだ、結局上でまた飲んだんだけど、最高に綺麗だった」


「危ないわねぇ、それで二人で人生でも語ったの?」


「そうだよ」


「あらほんとに、青春じゃないの」


 アカネマルは鼻で笑って揶揄する。


「青春ですよ、はい、わるい?」


「わるいわよこの野暮天、男二人でなにしてんのよ」


「なにしてたっていうかさ。紅茶もう一杯ちょうだい」


 アカネマルはブランデーを少し多めにして二杯目を淹れてあげた。


「レッドが酔っぱらってデッキから落っこちそうになってぎりぎり助けたんだ」


「……それで?」


「……」


「それで?」アカネマルはもう一度聞いた。


「泣いてた」


「泣いてたの?」


「なんの涙だったのかわからないんだけど。もともと謎めいたにいちゃんなんだけどさ」


 レンジは紅茶の陶器をじっと見つめながら、

「でもなんか可哀想だったよ」


 いまもあの時のレッドを思い出すと胸が痛い。


「レッドはひどく傷ついてるみたいで、寂しそうで、なにかに謝ってた。どうしてあんなに辛そうだったのかな、わからないな」


「レッド……」アカネマルはその名前をゆっくりと繰り返した。


「降りる途中に階段で何度も吐いて大変だったよ。下の波止場で別れて友達とはそれっきりになってる。先にカンナビに来てれば会いたかったけど、この情勢じゃだめだろうな」


 しばらく話が途切れて、二人はそれぞれの思いに耽った。


「そういえば、俺ばっかり話してるけどなんか用あったんじゃないの?」


「退屈してると思って、お茶に誘っただけよ」


 アカネマルは紅茶の器を少し遠ざけて椅子を引くと、


「ちょっと、こっち来なさい」とレンジを誘った。


 レンジは怪訝に思いながら立って、原色の毒蜥蜴に近づく時のように警戒しながら体を少し寄せた。


「よかったみたいね、アレクサンドリア」


 微笑みながら見上げる彼女がとても綺麗なことをレンジはあらためて発見した。


 アカネマルは怯えたように戸惑うレンジの腕を引っ張ってさらに寄せる。


「うん、いま思うとすごくよかった」


 戸惑いながらも率直な表情が小憎らしく可愛くて、アカネマルはレンジの頭を抱え込んで頬擦りした。


「ちょっと、なんだよ」


 慌てるレンジに頬を合わせたまま唇を突きだしてキスをした。


「いいから、ね」


 唇を真っ向から奪うのはゾーイに遠慮してやめておいた。



 レンジを解放してアカネマルは、うーん、と声をだしながらさらに露わになる胸も気にせずに伸びをした。


「もういいの? じゃ戻るよ、街に行っていい?」


「だめよ」


「好きな人教えてよ」


 レンジは最後にアカネマルが口を滑らせるのを期待して聞いた。


 上機嫌の彼女は好きな人は教えずに手を一振りして彼をさがらせた。


 レンジはサンダルをペタペタ鳴らしながら、扉の前にいた警護の兵になにかつまらない冗談を言って出ていった。彼はアカネマルに安堵の表情を送る。


 開いた扉の向こうにギンが立っているのがチラリと見えた。レンジを殺そうとすれば飛び込んでくるつもりだったのか、あるいは殺した人間を殺そうとしたのかもしれない。


 レンジの飲み友達のレッドは、カラマーゾフ倶楽部の指導者レヴィアタン・ジギラニラゾその人だった。革命とテロを指導し、反乱軍の黒幕として作戦を立案している。アカネマルは再三にわたって暗殺を試みているが成功していない。居酒屋マンボゥに送り込んだ暗殺部隊を返り討ちにして以降、地下に潜っていた。


 アレクサンドリアに出向させているガブリエルからの報告とレンジの話に矛盾はなかった。自白の霊薬を混ぜる必要もなかった。もし、確認している情報と違うことを話したり、ひとつでも嘘をついたらこの部屋で毒殺するつもりだった。


 レンジを殺せばギンを失う、チンチラもゾーイも。レンジに気がある様子のランボーの忠誠も揺らぐだろう。


 アカネマルは心底安堵して回廊の外の青空を眺めた。久しぶりにいい気分になれた。


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