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カンナカムイの翼  作者: ななじぬぅす
第7章 ダルエスサラーム
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第58話 カメレオンはメスじゃないとダメ

 包囲を破って入城したアカネマルの軍隊は、ドラゴンの被災以来の混乱と統制で不安な時を過ごしているダルエスサラーム住民から熱い歓迎を受けた。一番乗りのパトラッシュは隊列の先頭を飾る栄誉を得た。時ならぬお祭りのような拍手喝采に応えながら、花びらや色鮮やかなリボンを浴びて、目抜き通りを華やかに行進した。


 軍隊はその所属ごとに所定の駐屯地に散っていく。アカネマルに付いて、マムルークの幹部たちと行動を共にしていたレンジたちは、二の丸区域にある普段は公園として使われている広場に至ってようやくいったん解散となった。


 駐屯した兵士たちと一緒に武装を解いているところだった。屈強な体格の兵たちの最中へ、自らのずんぐりとしただらしない体型を意識してか、精一杯いきがりながら取り巻きを連れたガスコインが現れた。


「なんだこの一行は、冒険者か?」


 他の兵たちとは異装なレンジの風態を眺めながら横柄な口調を放つ。ギンには気づいていない。


「やくざもんが、この忙しい時に。被災地で瓦礫の撤去でも手伝ったらどうだ」


 チンチラは、ゾーイとパトラッシュと一番乗り争いの話題で楽しそうにまだ沸いていた。ガスコインは前にモガディシュでレンジとチンチラに会ったことをすっかり忘れている。後ろに控えている人間などなんとも思っていない、思いあがった人柄がよく現れている。


 レンジは特に怒りも湧いこない。アカネマルの悪口に釣られたわけでもなく、最初からこの男はそんなものだと思っていたからだ。思いが露骨に表情にでるのがレンジだった。


 虫けらでも見るようなレンジの表情を目にとめたガスコインは、恨みを込めた険しい表情を浮かべた。自分がコケにされているのを敏感に感じとる、そういうところだけは目敏い。


 嫌だなぁこいつは陰険で。


 レンジは正面からじっとガスコインの目を見据えた。なんだこのやろう。不自然なほどの時間を見つめ合って、ガスコインが動揺して目を逸らした。


 ますます嫌だなぁ気が小さい奴。アカネマルに蛇蝎の如く嫌われるわけだ。戦闘の高揚とパレードの歓迎でせっかく気分を良くしていたのに。


 ガスコインは取り巻きを促してそのまませかせかとアカネマルと幹部達の方へ向かった。少し離れたところから一部始終を見ていたギンが、よせ、という表情を浮かべてレンジをたしなめる。



「博士に聞きたいことあったんだよ」


 気になっていたことを思い出したレンジは、荒野での襲撃とカンナカムイの救援についての因果関係をギンに問いただした。


 ギンは一瞬話したものかどうか躊躇った。しかしレンジが事実と推測を混同したまま不用意に勘繰って、口でも滑らせた方が危険だと判断する。


 ガスコインはアカネマルに声をかけてから離れていく。こっちへ来ないことを確認して、ギンはさらに人の耳を憚ってレンジを隅に呼んだ。二人を見つけたチンチラとゾーイもついてくる。


 あの襲撃はドラゴンの宝珠を狙ったものであると同時に、アカネマルと俺、というよりもアッティラ家の繋がりを快く思わない勢力の差し金であること。動きを察知したアカネマルの依頼を受けてボブマーリー族長が救援に駆けつけた、という内幕を話した。


「誰がやったかなんて明白じゃないか! あの陰険ガマガエル!」


 話を聞いてレンジは激昂する。


「ゾーイも知ってた?」


「うん、族長から聞かされてたけど、ギン博士に任せてアレクサンドリアで学生のうちは絶対に誰にも言うなって口止めされてた」


「さっき殺しとけばよかったあいつ! 人足のおっちゃんの仇だ!」


 ギンが引き取って言う。

「だからおまえには話さなかったんだ。内緒にしたのは悪かったけど、安全を考えてのことだ。それにあいつが直接命令したのかはわからない、総統を支持するか支持を得たい政治勢力が忖度した可能性もある、いずれにせよ探したって証拠は出てこない、分が悪い」


「殺されかけたのはこっちなのに、向こうに分があるなんてどんな理不尽だよ」


「確かにな。とにかくこの件には一切手も口も出すな、おまえは必ず物事をややこしくするからな、あと警戒心に欠けるし剣技の冴にも波があるからあっさり殺られるぞ」


「あんなこと言ってるよ、なぁゾーイ」


「ねぇ」


 レンジはいつもの笑顔を見せるゾーイに、ゆっくりと額がつくほど近く顔を寄せた。その耳から下がる柘榴石のピアスをそっとつまんで問い詰める。


「ライオン丸~、なんで黙ってた?」


 チンチラが後ろからゾーイに抱きついて、特に意味もなく頬擦りする。


「すまんたい」


 顔を固定されたままゾーイが謝った。


「俺は人足のおっちゃんの仇をとりたい、なんかないか? 部族伝統の呪殺の魔法みたいなのは」


「あるよ、でもカジキマグロの角三本とカメレオン五十匹捕まえないと、あと踊り子も三人ぐらいは。わたしが踊れば二人でもいいかな……あ、カメレオンはメスじゃないとダメだよ、オスが混ざると失敗する……」


「どんな魔法だ!? カジキの角で刺したほうが早い!」


 チンチラが笑って、ギンとゾーイが興奮するレンジをなだめているところへ「あら? あの子たちは?」と兵士に行方を聞きながらアカネマルが近づいてきた。


「なによ、こんな隅っこで」


 レンジの不機嫌を見とめたアカネマルが尋ねる。


「どしたのよ、この子は?」


「総統の件、話した」ギンが答える。


「ちょっと、もう少しこっちにきなさい、いいから」


 事情を把握したアカネマルがみんなをさらに隅っこに誘導してからレンジに忠告する。


「いい? あの手の男の前ではモテないふりして貧乏なふりして能力と野心は隠しておきなさい、ひたすら下手に出るのよ」


「能力と野心もない貧乏でモテない奴を近くに置いてどうするの? なんかいろいろ駄目そうな感じじゃない? それ」


 レンジは忌々しそうに反論する。


「チンケな自意識を傷つけられるのが嫌、それだけの男、いっぱいいるでしょ、ぞっとするほどつまらないわ。あたしはそういう奴をいたぶって追い詰めて破滅させるのが趣味なのよ。あたしに任せときなさい、あんたの出る幕じゃないわ」


 みんなが、うわぁ、という表情を浮かべて呆れ果てるがアカネマルは気にしない。


「アカネマル、そういうの疲れない? からだわるくするよ……」


 ゾーイが心底同情気味に尋ねると、


「疲れないわ! 屈辱と殺意に歪んだ顔で睨まれると気持ちいいわ!」


 ほがらかな笑みを浮かべて高らかに言い放った。自分で隅っこに呼んだのに、周りを憚らない大声で。


「ところで、現下のダルエスサラームでは慎重に行動しなさい、できれば出歩かないように。いまこの街ではあらゆるデマと偽情報が飛び交ってるわ、信頼できる人間から直接聞いたこと以外一切信用しないように。とくにあんた」


 アカネマルはレンジに指を突きつける。


「思ったことそのまま口にしたり顔にだすんじゃないわよ。あんたは今日の夕方以降夜間の外出禁止ね、あと一人での外出も昼夜問わず禁止、厳守!」


「なんでだよ! 俺だけか?」


「あんただけよ。ギン、頼むわよ」


「ちょっとまって、本当に俺だけ禁止なの?」


 アカネマルは頑なだった。傲然として撤回する気配はない。


「なんだよ、そんなにさっきのまずかったか」ぶつくさ反論したり、ガスコインに露骨にがん飛ばしたりした件だろうか。


「レンジ、また怒られちゃったねぇ、ほんと君はいつもいつもだねぇ」


 チンチラがいかにも楽しそうにレンジの頭をなでる。


 ギンがぼそっと「どこいっても出禁だなおまえは」とつぶやくのを聞いたゾーイが、両手で口を押さえて必死に笑いを堪えた。


「ねぇ、アカネマル、ショコラきてる?」チンチラが聞いた。


「きてるわよ、海沿いの難民キャンプにいるから会ってらっしゃい、許可するわ。暗くなるまでには必ず戻りなさいよ」


 気分悪いな、あんまり時間もないじゃないか、とレンジはさらにぶつぶつ不満を並べ立ててから、「チンチラ、ショコラに会いにいこう」と気を取り直すことにした。


 レンジの口からめずらしく知らない女性の名前がでると、ゾーイは素早く反応する。


「レンジ、ショコラって誰? わたしもいく」


 やきもち混じりに素直な好意を寄せるようになったゾーイが微笑ましい。ギンは年若い三人を政争の渦中に巻き込んでしまっていることに少し胸が痛んだ。アカネマルも同じ思いだったのか、わずかに自嘲した笑みを閃かせて立ち去っていく。

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