第57話 一番乗り争い
オロチとの一戦で生じた損害は大きかった。マムルーク軍団の一部から、これ以上の従軍を拒む意見がでていた。古代の魔物との戦闘は、契約の時には誰も想定していなかったから、これは正当な意見だった。
アカネマルの指揮下に入っているが、マムルークは元々独立した武士団として活動する戦闘組織だから契約の自由はある。団長のランボーも彼らの意見を無視して統率することはできないしその気もない。引き続き戦闘に参加する者と、身の振りを一旦保留にする者を分けることを、アカネマルはあっさりと許した。
ランボーは離反したマムルークを部下のチャラスとガンジャに預けて、ダルエスサラーム北西のオアシスに駐留させた。情勢の推移をうかがいながら連絡を密にする、もしもダルエスサラームが落ちたときは、脱出に成功したマムルークを出来る限り多く回収して、速やかにメンフィスに戻るように命じた。
ダルエスサラームはカンナビ、ミスライム地方を含めても、沿岸最大の巨大城塞都市で、ドラゴンに滅ぼされた対岸のザンジバル島と並んでカンナビ連邦の中心だった。衛星都市を含めた人口、経済力ともに突出している。
巨大な外壁の周囲に大河から引いた水路を巡らせて、陸からの攻撃は万全に見える。白い見事な外壁は日差しを照り返してまぶしいほどだった。装飾のない白い壁は一縷の隙もない威容をたたえながらも、カンナビ地方特有のどこか嫋やかな洗練を感じさせる。要所に一定間隔で置かれた櫓に死角はない。
レンジには、海から陸にのし上がった巨大な白い鯨のように見えた。
カンナビ連邦内陸の遊牧部族や首長国家を主体とした反乱軍は、南方の街カリンバと、マコンデの砦をすでに落としている。カラマーゾフ倶楽部の調略も奏して、ダルエスサラームの包囲に参戦する部族や都市国家は増えている。先日アルーシャを素通りした軍もすでに合流していた。
遠方から望む反乱軍の包囲の陣は、ダルエスサラームの雄大の前では矮小に見える。しかくその数は着々と増え続けてはいる。現時点でも決して侮れる戦力ではない。
内陸の遊牧民を主体にした軍隊は、騎馬と獣、恐竜の扱いに長けていて、野戦に強い。カンナビ連邦政府は籠城戦を選択していた。
時間が経てば街の包囲が堅くなる。包囲を突破して街へ入り籠城戦に合流するのがアカネマルの目的だった。
騎馬で移動を続ける隊列の間を忙しなく伝令が駆け巡り始める。にわかに兵たちの動きに緊張が加わり始めた。
「どうするの?」
レンジは伝令への命令がひとだんらくした様子のランボーへ声をかける。
「相手の意表を突いて迎撃の準備をあたえない。陣を敷かずにこのまま移動しながら隊列を整えて突撃する。パトラッシュの部隊が切り込んで城塞のなかへ入る道を作る」
あちこちで伝令の内容を復唱する声があがり始めた。軍を二手に分けるようだった。ゾーイとチンチラはパトラッシュ隊で別の作戦行動の指示を受けている様子が見える。
「戦闘速度に移行するときは号令する。もう本番だぞ、気合入れていけよ。持ち物、落とさないようにしっかり結び直して確認して」
「わかった」
「レンジは、またわたしの後ろにつけ」
ランボーがそう言うと周りのマムルークが笑顔で、ひゅ~と口笛を鳴らした。なんだよ、ひゅ~って。ランボーは少し照れた笑顔でレンジに頷くと、また指示をだしに隊列の間を巧みに馬を駆って移動した。
馬を寄せてきたギンに、また剣の柄で腰をつつかれた。
「レンジ、心を乱すなよ、おまえは感じすぎる」
ギンの目の緑の虹彩が光って有無を言わさない真剣さが込められていた。レンジは少し驚いて素直に頷いた。
街を包囲する反乱軍の一角が、迫るアカネマルの軍隊を迎え撃つために陣形を変え始めた。城塞の門が開けられて、アカネマルの軍に呼応したカンナビ正規軍が出撃した。しかしその動きは鈍い。本気の挟撃に見せかけなければ意味がないのに。包囲軍が築いた柵越しに小競り合いが始まる。
腰の引けた指揮官に舌打ちしながらも、アカネマルはその様子を確認してすぐに戦闘を開始させた。
反乱軍はアカネマルの軍隊に対して、中央の前衛に象と恐竜の部隊、後衛に重騎兵。両翼に騎馬隊と魔道士、弓兵の混成部隊が展開しようとしているがその陣形はまだ整っていない。
パトラッシュが麾下の部隊にあらためて指示を与える。
「街の門に近い左だ、敵右翼に突っ込むんだ! 敵左翼の部隊が回り込んで戦闘に参加する前に門にたどり着け!」
パトラッシュが率いる部隊が左に展開していく。抜刀したゾーイとチンチラが馬上でなにか勇ましく叫んでレンジの方へ笑顔を向けた。
ランボーに従うレンジたちの部隊は直進を続けながら少しずつその速度をあげていく。
「中央前衛の象と恐竜は弓と魔法で撹乱する、突っ込むな! 敵左翼の部隊が回り込むのを抑えるんだ! 門までの道が開いたら余計な戦闘はさけろ!」
最後の指示をだしてランボーが抜刀すると、レンジ以下全員がそれに続いた。
パトラッシュの部隊はいよいよ敵陣に迫る。待ちきれない突撃の号令に勇むマムルーク達の怒号と気合が飛び交う。
彼らは今日の戦に期すところがあった。結成早々の初陣は化け物退治だったが、表舞台での戦は今日が初めてとなる。先のオロチとの戦では退却を指揮しているあいだに、最後においしいところをランボー隊に、しかも部外者の少年にもっていかれている。競っているわけではないが、やはり手柄は欲しい。ならば今日は華々しく包囲を打ち破って、街に一番乗りの旗を立てなければならない。
緊迫するマムルークたちの隊列を縫って徐々に前に出てきたゾーイが最前列に並ぶ。そしてふらりと抜け出る。横合いからはいつのまにかチンチラも前に出ている。タイミングが早い、しかしすでに二人は最大戦速で駆けている。「抜け駆けだ!」兵達から声があがる。
一呼吸遅れて慌てたパトラッシュたちも速度をあげた。しかし軽い二人を乗せた全速の馬には誰も追いつけない、その差がみるみる開いていく。
「お先に!」今回は二刀流にきめたチンチラが振り向いて笑顔を向ける。
先を越されたマムルークたちは激昂して狂乱状態になった。怒声をあげながら二人の尻を追う。
華麗に突出する二人の女戦士を見て、敵陣も呆気にとられて一呼吸の間、魔道士と弓隊の迎撃が遅れる。
一気に距離を詰めたゾーイが大刀を奮って空震波を飛ばす。前列がなぎ倒されると同時に、そこへ宙を飛ぶような勢いでチンチラが斬り込んで一番槍をとった。
マムルークたちは、敵よりも先駆けの二人しか目に入っていない。助っ人の小娘二人に街への一番乗りを渡せば、この武士団は結成早々に汚名を被ることになる。二人が開けた敵陣の穴に、怒涛の突撃を敢行する。
パトラッシュは馬の背中から高く飛びあがって敵陣奥に着地すると、ひと薙ぎで敵兵二人の足を膝から切り落とす。立ち上がりながら雄々しい気合をあげて振るった剣で一人は腰から真っ二つに切られて、もう一人は剣圧で背骨をへし折られて吹き飛んでいった。
チンチラはまるで馬上で踊るように複数の兵を余裕で切っていく。一刀で絶命させていく。あまりの見事さにパトラッシュは一瞬見惚れてしまった。
さらに前方には突出したゾーイが敵兵に囲まれて激しく切り結んでいるのが見える。ドンと腹に響く音がしてライオンヘアがぱっと逆立つのが見えた。ゾーイを中心に円形のクレーターが出来て、周囲の兵士が吹き飛ばされた。彼女は自分の馬を呼んで飛び乗ると次の瞬間には敵陣深くに踊り込んでいく。
「魔法かよ!」
これは本当に抜かれるぞ、一番乗りが奪われる!
「オゥシー! カイ! 指揮は任せる!」
パトラッシュは部下に命じると、大剣を振るって鬼神のように敵を蹴散らしながら二人を追って突撃した。
統一された動きをとる前に分断された反乱軍は、戦力を有効に発揮できないままアカネマル率いる正規軍の接近を許した。ランボーの巧みな用兵と、見境なく突出して暴れ狂っているレンジが反乱軍の主力を近づかせない。レンジの戦いぶりは鬼気の迫るものだった。
「レンジ!」戦線を移動させる頃合いになって、ギンが声をかけても戦闘に没頭する彼には聞こえない。馬上から敵の騎馬武者へ飛びかかって地上に引きずり落として組みついた。
三度目の呼びかけでやっと振り向いたとき、血飛沫を浴びて爛々と光る鬼のような目にギンは気圧された。
オロチにとり憑かれたのかこいつは。
正規軍はパトラッシュ隊が確保した道を、続々と街へ入場していった。




