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カンナカムイの翼  作者: ななじぬぅす
第5章 アレクサンドリア
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第40話 ゾーイ、同級生を殴って退学になる

 赤煉瓦棟の横でギンといつもの稽古をしているときに、血相を変えた高等部の男子生徒が駆け込んできた。


「クロバネ先輩!」


 男子生徒はゾーイのクラスメイトで見覚えがあった。焼き鳥の頃からレンジに懐いている不良の一人だった。レンジはなぜか、学業を怠るタイプの後輩達には慕われた。


 汗を拭きながらギンが、友達か、とレンジに訊いた。


「ゾーイが!」


 切迫した様子の生徒の言葉に二人は顔を見合わせる。



 男子生徒の率先で早足に現場に向かいながら聞いたところでは、ゾーイがクラスメイトに暴力を振るったという。これまでの知らずにやった数々の校則違反ならまだしも、それは深刻な案件かもしれない。


 キャンパス中庭の中央、噴水の近くに高等部の生徒たちが集まって騒いでいた。すでにアイユーブ学長と担任の男性教師も現場にいる。


 ゾーイは紐で縛った書物を片手に立って無言、泰然としている。


 チャウチャウの頬に見事な紅葉柄が浮いている。切れた唇に血が滲んで、見ているあいだにも腫れが大きくなっていく。美人顔が無残な印象をさらに増した。これは容赦のないビンタだ。


 もう一人は同じクラスの男子生徒か。彼はグーでやられている。鼻がへし折れて血が吹き出している。眉間のあたりにまで内出血していた。顔に当てている布が鼻血に染まっている。


 チャウチャウは無言だったが、取り巻きの女子生徒たちがヒステリックに彼女の潔白を担任に主張して、ゾーイを責めている。無視されたとか、授業にでないとか、制服を着ていないとか。


 男子生徒達はレンジが現れると、敵意を放つその眼光に萎縮して目を伏せた。


 レンジもギンも詳しい状況はまったく把握していないが、現場を見ておおよその検討をつけた。ゾーイが通している筋は微塵も疑わない。


 担任が事態を把握しようとして質問してもゾーイは一言も答えない。当然のことだった。まさかゾーイが、言った言わない、誰彼が悪い悪くないだのの下賤な言い争いに興じるわけがない。


 殴ったのならゾーイの態度は明白だ。カンナカムイの戦士が戦争以外で振るう暴力は尊厳を守るために決まっている。いじめがあったか、自分以外の親しい誰かの名誉を一線を超えた言葉で傷つけた奴がいたんだろう。おそらくカンナカムイのことか、よく一緒にいるレンジたちのことか。


 仮にゾーイが過ちを犯していたとしても、立場の弱い一人をみんなで責めるような奴らの味方はできない。レンジは、レッドのアニキなら殴るぐらいではすまさないだろうと思った。


 顔見知りのチャウチャウに問いかける。


「おい、なんで殴られた?」


 一斉に取り巻きの女生徒たちがさえずりだす。当事者よりも取り巻きがうるさいなんて馬鹿なことがあるか。


「だまれ!」ギンが一喝した。


 女生徒たちが硬直する。遠巻きの野次馬の動きまで止まった。


 レンジとギンはチャウチャウの言葉を待ったが、彼女はきつい目で睨むばかりだった。


 レンジは男子生徒に声をかける。


「おまえはなんで殴られたんだ」


 男子生徒は目を逸らして無言だった。


 後ろめたさと恥に満ちている奴ら、


「おまえらはそうやって教室の隅で汚く生きてろ」


 レンジは軽蔑を込めて吐き捨てた。喧嘩にすらなっていないじゃないか。


「生徒間の喧嘩で済ませられるならいい。これでは一方的な暴力として処理されるしかない」


 担任は他の生徒を解散させて、ゾーイと殴られた二人を学長室へうながした。ギンはアイユーブ学長に同行を求められた。


 気丈にしていたゾーイでも心配が表情にでる。レンジは彼女の書物を預かって、強く抱きしめて声をかける。


「ゾーイ、妥協するな、一歩も譲らなくていい」


 さすがに今回は退学かもしれない。ゾーイだけに勝負させるわけにはいかない、一緒に決断しなければ。連れていかれるゾーイの後ろ姿に声をかける。


「ゾーイ! 一緒にサバンナに帰ろう!」


 ゾーイは振り返って戻るとレンジに抱きついた。人目も憚らずレンジに頬を擦りつける。彼女は力強い表情を浮かべて学長室へ向かった。



 チンチラの次はライオン丸か。ギンは新たな揉め事が悩ましくもあったが、ゾーイとレンジの振る舞いには自分も覚悟を決めるしかない。子供のやることとみくびって大人の対応などすれば、潔癖な真剣勝負を挑んだ二人の信頼を永遠に失うことになる。


 学長室でもゾーイは一言も弁解しなかった。クラスの誰に何を言われたのかも、どんなやりとりがあったのかも。担任と学長がいくら聞いても無駄なことだった。弁解など文弱の輩のすることだ。


 殴られた二人は無言を貫いている。賢しいことよ、とは二人に対する大人達の本音だが、


「ゾーイ、黙っていれば暴力の事実だけが問題にされてしまう。意地を張って困難な道を選ばないで欲しい」


 アイユーブ学長が説得を試みる。


「ミューズを卒業できれば将来の道も開けるし、最高学府での学びの機会をみすみす手放すのは……」


「大人に選ばれるための技術を教えられてる」


 ゾーイは学長の言葉をさえぎって、さらに睨みつけて言った。


「嫌われても損しても失敗してもいい、わたしの将来は自分で選ぶ」


 ギンはサバンナの戦士を狭い教室に入れた失敗を悟った。この子もレンジもチンチラもまとめて俺が面倒をみよう。


 学長からそれ以上の言葉はなかった。殴られた二人はさらに顔が腫れあがってきて、もう立っているのも辛そうだった。


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