第3話 ツァーリボンバ
ミネラルウォーターを飲んで一息ついた。汗で張りついた白の開襟シャツが乾くまで、有楽町駅前の広場を眺める。カメラマンを率いたレポーターが通行人に声をかけている。早めの帰宅をするスーツ姿が増えてきた。
ちんちくりんがスーツを着るなんて、そういうのはアングロサクソンに任せておけばいいのに、開国以来どうして苦手なことばかりを猿真似したがるのかわからない。
ほとんど全ての店舗からバカバカしい電子音と音楽が流れてくる。蓮次は都市が出す音のすべてが癇に障る。自然音以外の一切の音が許せない。これも暗い渦巻き銀河の大きくなるにつれてのことだった。
水を飲み干してから目を瞑って必死で呼吸を深くする。それでも不快な気分が湧きあがって眉間にしわが寄る。そのまましばらく目眩と頭痛がおさまるのを待った。
東京駅に向かって雑踏をうつむいて歩き始める。宝くじ売り場に行列する人々を、酔っぱらいの吐瀉物をさけるようにしてかわしたら、歩きタバコをするじじぃの煙に巻かれた。かかとで背骨を蹴り折る衝動をおさえながら歩く。
道ゆく人と目を合わせないように気をつける。人と目が合うと、その人の暗さが自分を見つけて沁み入ってくる気がする。殺意と悪意が伝播するかもしれないとも思う。
目も耳も鼻もずっとふさぎ続けることはできない。じりじりと蓮次の神経は臨界に近づいていく。
どうやったらこんな小汚い街並みになるんだいったい。街を歩いている連中まで貧相で、つわりを起こしたハイエナみたいだ。いい加減にしろ! なにより我慢ならないのが看板だ。不細工なフォントと無遠慮な配色がビルの一面にこびりついている。窓の中からもわけのわからない張り紙なんかを貼ってやがる。汚らしい。縦書きも横書きもあったものではない。どこかの田舎者が気の利いたつもりで作ったに違いないその無数の看板が混じり合って吐き気を催す色合いだ。節操のない看板は心の卑しさの反映だ、そうだろう!? そしてあの電線はなんだ! 俺の空を滅茶苦茶に区切って汚すあの電線はなんだよ、俺の空を返せ! これじゃあ息もできない。パチンコ屋からは轟音、薬屋からははくだらない名前のついた商品が溢れだしている。ティッシュじゃないか、薬売ってるんじゃないのか!? この耐えがたい街の色合い、それは嫌らしく性格の悪いセンスの悪いたちの悪い体調の悪い狂ったおじさんからはみ出して瘴気をあげる内臓のようだ。そんな景色が延々と続く、地獄かここは。こんな景色と騒音には一秒だって耐えられない。なにが銀座だ! いや有楽町かここは、日比谷? 知らないけども、こんな光景がこの列島の津々浦々にまで広がっているのか? そうならやっぱり原爆か水爆あたりで吹き飛ばすしかない。ツァーリボンバ! そう! ツァーリボンバ! ボンバ!