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迷子

作者: 三雲 ゆう

近況報告求む。今どこにいるの?


 普段全く使わないメールに友人から短い文章が送られてきていた。送られてきたのは1週間前の今日、内容も送り主も何の驚きもなかった。二ヶ月前に私は家を飛び出した。何かあったら連絡してと渡したメールアドレスに、その文章は送られてきていた。昔から友だちが多い訳ではなかったから、こうやって心配してメールを送ってくれる人など彼女を除いてあと一人しかいない。その一人は、随分な面倒くさがりだからこうやってメールを送るなんてことはしないだろう。

 近況を知りたがった短い文面が私には十二分に気持ちのこもった温かい文章に思えた。彼女と最後に会った時、別れ際にまたねではなくさよならと言ったら、それに気づいて詰めてくるような人だった。だから、この文章の全てに彼女の思いが込められているような気がした。

 私がこのメールをどうしようかと考えていると不意に嫌な思考が頭をよぎった。

 本当にそうなの?

 汚れが跳ねて私の心に染みをつくった。メールは、簡単に、無限に、打つことができる。それなのに、なんでこんなに短いのだろうか。一度疑いが心に浮かぶとたちまち温もりは消え去ってしまった。そうしてこの文章が、何かの片手間で作られたような、それも温もりのない大量生産された既製品のように感じてきた。もっと長い文章がほしい、私のことをちゃんと気にかけてほしい、そんな思いがちょろちょろと、湧き水のように滲み出してきた。しかし、滲み出してきたのは清水ではない、べっとりとそして重々しい油のようなものだった。そんな油でも火がつけば、行動する原動力にもなるのだろうが、決して火がつくことはなかった。情熱が溢れることはなかった。電波はあるのだから返信もできるし、SNSだってある、ビデオ通話もできるのだから、連絡なんて簡単にできる。それでも私は何も連絡を取らなかった。私から逃げ出していて何と都合がいいのか。結局私はどうしようもなくかまってちゃんなんだと思った。私の中のかまってちゃんをチラッと見て、それが私の本当の姿でないと思い込んだ

そして振り絞るようにして私は簡単な返信を考えた。


道に迷った。でも何とかする。


文章は少しでも明るく前向きにと思いながらつくった。出来上がった短い文章には含みがあり背後に陰影があるような気がした。

私は思いついたままの文章を見直しもせずに送ろうとした。しかしこのとき、今送ってしまうのがもったいなく感じられ、この返信をできるだけ遅らせることに決めた。設定をいじると送信時間を設定することができることに気がついた。私はすこし楽しくなって、今から二週間後の夜中の3時前に送ってみることにした。少しでも返信を遅らせれば、私の返信が気がかりになってくれるのではないか。変な時間に送ってみれば、彼女は私のことをもっと気にかけてくれるのではないか。そんな打算が私にこんな行動を起こさせた。私は満足してスマートフォンの電源を切った。

 その時、表でバタバタと足音が聞こえたと思うとすぐに扉が開き、同居人が帰ってきた。私は急いでベットに起き上がった。私はすぐに現実に引き戻された。乱れた髪、脱ぎ散らかされたスリッパはついさっきまで私が寝ていたこと語っていた。寝ていたことを聞かれ、具合が悪いのかと尋ねられた。先程まで私の心にあった、ほんの少しづつの暖かさも淋しさも自己嫌悪も打算も、何もかも一瞬にして消え去った。騒がしい日常に組み込まれ、過去と向き合うことを先延ばしにして、

 罪悪感を限りなく薄く伸ばしてして、そうして、何となく生きている。ついさっき感じた感情は一瞬で思い出せなくなった。


 大切にしてくれる人達から逃げ出した私は、いつかまたこの場所からも逃げ出したくなるのだろう。いつからそうなってしまったのか、思い返してみてもよくわからない。

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