第三話 政志と紗央莉、そして<亮>
あれはいつ頃だったろう?
おそらく俺が中学に入った位だ。
俺は思春期を迎え、性に目覚め始めた。
それまで意識しなかった女性の胸や、お尻に目が行くようになった。
『政志、どこ見てるの?』
『...ごめん』
視線に気づいた史佳が真っ赤な顔で俺を睨む。
膨らみ始めた幼なじみの胸、史佳も女だと改めて気がついた。
『もう...イヤらしい目で視てさ』
『...うん』
恥ずかしくて、史佳の顔を見られなかった。
『紗央莉にもそんな目で見てるの?』
『そんな事...』
『それはやめてあげてね、あの子が知ったら傷つくから』
『...分かった』
史佳と紗央莉は仲が良い、だから絶対に知られる訳に行かなかった。
なぜなら紗央莉は妹、性的な感情を持つのはタブー。
例え血の繋がりは無くても、異性として意識していても...
だから俺は紗央莉と距離を取った。
寂しかったが、こうするしか無かった。
大切な家族を失う訳にいかない、紗央莉に対する好意に蓋をしたのだ。
『わ...私は良いのよ』
史佳の言葉に首を振った。
『それはダメだろ、紗央莉に知られたら軽蔑される』
『...え?』
なぜか史佳は絶句して俺を見た。
二人に性的な気持ちを抱く事は関係を崩す。
だから...俺は恋人を...でも紗央莉は...
「...兄ちゃん」
紗央莉の声に目を覚ます。
どうやら夢を見ていたようだ。
三日前、クズ野郎によってレイプされそうだった紗央莉。
仲間の女に薬を飲まされた俺は意識を失い、紗央莉を守る事が出来なかった。
しかし間一髪のところで覚醒した<亮>によって危機を逃れる事が出来た。
事件の翌朝、紗央莉は俺の部屋で寝ていた。
<亮>に事の顛末を聞いて、奴に感謝したのは言うまでも無い。
まさか<亮>がここまでしてくれるとは思わなかった。
『...ごめんなさい...兄ちゃん』
あの日、目を覚ました紗央莉はそう言って、部屋を飛び出した。
そのままにする事も出来ず、俺は紗央莉が借りているマンションまで送り届けた。
『...また来て良い?』
別れ際に紗央莉が言った。
『あ..ああ』
どうしてだろう?
何故か俺はそう言って、アパートの合鍵を渡してしまった。
以来、紗央莉はこうして毎日の様に俺のアパートを訪ねる様になった。
「...今日はバイトに行ってたの?」
「まあな」
時刻は夕方の6時。
バイトから戻ったのが、昼過ぎだったから、5時間程寝ていたのか。
「忙しいのね」
「そりゃ...まあ仕方ないな」
満夫がバイトを辞め、シフトが滅茶苦茶になった。
あのバカは大学生では無かった。
バイト先に出した履歴書は大学生と書いてあったが、実際は高校中退のフリーターだったのだ。
今回の事件で満夫は警察に捕まり、学歴詐称も明るみになった。
「紗央莉の方こそ大丈夫か?
友達の事とか」
「うん...謝罪は受けたし」
「そっか」
満夫の仲間だった女は警察に通報し、全てを白状した。
クズに言われるまま、紗央莉を呼んだ事。
今まで数人の知り合いに声を掛けたていた事を。
映像が残されていた事で、二人は逮捕された。
しかし女も最初は被害者だった。
昏睡レイプをされ、その様子を撮られ脅されるまま、堕ちて行ったのだ。
<亮>から大体の予想は聞いていたが。
「ショックだったな」
「そうね...友達だと思ってたから」
間違いなく友情は消し飛んだだろう。
「それより今夜はエビフライだよ、政兄好きだったでしょ?」
紗央莉は手にしていた買い物袋から立派な海老を取り出した。
(エビフライか、俺も好きだ)
「お前は黙ってろ」
何で<亮>が出てくるんだ。
「え?」
「いや何でもない」
いかん、声に出してはダメだ。
頭が変な奴だと思われてしまう。
「なんか変わったね」
「何が?」
粗末な台所で料理をする紗央莉が呟いた。
「...なんかね、色々聞いたんだ」
「聞いた?」
紗央莉は何を聞いたんだろ?
「...美愛から...罪を償ったら、兄ちゃんと...」
苦しそうな紗央莉。
女は俺に謝罪したいと何度も言ってるらしい、当然だが会うつもりは無い。
「...おい<亮>」
(仕方ないだろ、あれは不可抗力だったんだから)
何が不可抗力だ、またヤリやがって。
紗央莉後ろ姿は小刻みに震えている。
どんな気持ちでいるのか、やはり軽蔑だろうな。
「さあ食べよ」
「旨そうだ」
出来上がったエビフライ。
大好物な筈だが、味なんか分かるもんか。
(旨いな!!)
<亮>は無視しよう。
「ごめん...なさい」
「紗央莉...」
箸も付けず、紗央莉は項垂れる。
どうして紗央莉が謝るんだ?
「こんな...バカの妹なんか要らないよね...あんな事しちゃうくらい、バカなんだから」
(確かにバカだな)
「そんな事は無いだろ」
いちいち<亮>は!
「俺も同じだ、紗央莉の気持ちも考えないで」
紗央莉を苦しめていたのは俺のせいだ。
中学の時、冷たくしたから寂しさで紗央莉はあんな事を...
(お前も本当にバカだな、違うって何回言ったら分かるんだ?)
<亮>は紗央莉が行為を見せつけたのは、俺への気持ちが暴走したからだと言ったが、そんな事あるもんか。
「違うよ...だって...」
紗央莉は苦しそうに呻く。
こんな時、何て声を掛けたら良いんだ?
(おい政志、紗央莉をどうするつもりだ?)
どうもしないさ。
(あのままか?)
それ以外にあるのか?
(抱いてやれよ)
...出来る訳ないだろ
(強情だな)
性分だ。
(そっか、なら俺からは何も言わねえ)
すまん。
<亮>と心の中で会話をする。
当然だが、紗央莉は俺が何を考えているか分からないだろう。
「本当にごめんなさい!
戻れないのは分かってる、でも兄ちゃんが好きなの!愛してるの!!」
「...今何を?」
(やったな紗央莉)
<亮>...お前は落ち着いてるな。
「こんな女なんか嫌だよね」
「...そんな事は無い」
何があっても妹だし...いや違うのか?
「兄ちゃん...」
そんな熱い目で見ないでくれ。
「...もう汚い身体だし」
「何が汚いんだ?」
(処女は重いぜ、そんな物に拘んなよ)
黙ってろ。
「やっぱり私は...史佳以下なのね」
「史佳?」
何故史佳が出てくるんだ?
「昨日電話したの、そうしたら史佳は兄ちゃんと、この前会ったって」
「なに!」
(あらら)
何て事したんだ!
「まさか今日来る事を...」
「言ったよ、びっくりしてた」
(おい政志)
不味い。
大学の一件以来、もう来るなと言ったんだ。
そしたら、アパートに女を上げないならって...
「「政志!!」」
「げっ!」
激しいノックと共に部屋の扉が開く、中に飛び込んで来たのは...
「史佳...池尻さんも...」
「何で紗央莉を連れ込んでるの!
約束は?」
「そうよ、あれから一回も抱いてくれ...」
「ワー!」
美由紀の口を手で押える。
これはどうしたら良いんだ!!
(良かったな、ハーレムじゃねえか)
「良くない!」
カオスな状況に目の前が真っ暗になる。
「ねえ兄ちゃん、まさか...二人と...」
紗央莉、まさかお前...
「わっ!」
「ずるい!」
「私も!」
俺に飛び付く紗央莉、そして史佳と美由紀。
なんとかセックスはしなかったが、いつでも来て良いと約束させられたのだった。
(いい加減諦めろよ、一人に絞っても良いじゃねえか)
「嫌だ」
どうしてもそれは出来ない。
もしかしたら、俺の心はずっと昔から壊れているのかもしれない、そう思った。
そして二人の旅は続く...