EP239 ちくちく言葉の権化
翌朝――。
コンコンコンッ・・・
「ん?」
扉を叩く軽快な音によって、征夜の意識は覚醒した。
窓の外に広がる景色は、未だに薄暗い。
彼方に聳える山々の陰から、うっすらと太陽が昇りつつある。しかし、掛け布団の隙間を縫って吹き込む風は、朝とは思えないほど冷たかった。
ゴンゴンゴンッ!
扉を叩く音は、次第に重く激しくなる。
その訪問者が苛立っている事は、流石の征夜にも察せられた。
「ふぇ?・・・あぅぅ・・・今、行きま〜す・・・。」
征夜の隣には、当然のように花が寝ていた。
小さく欠伸をかき、寝巻きのままスッと立ち上がった彼女は、肌寒そうに震えながら戸口に向かう。
早朝の冷気にかじかんだ指先は、冷たいドアノブに触れ、恐る恐る内鍵を捻った。
「さっさと起きなさいよッ!もうみんな集まって、アンタの事待ってんの・・・え?」
扉は勢いよく開け放たれ、鋭い怒号と共に小柄な女性が分け入って来た。
しかし、2.3歩踏み入ったところになって、彼女の足取りは急に止まる。
「あ、あれ?花?」
「えぇーと・・・もしかして私、寝坊しちゃったかな?」
少し焦ったような調子で、花は愛想笑いを浮かべた。
早朝から凄まじい剣幕で迫る槍使いの女に対して、少しばかり引いている。
「ごめん!別に、あなたに言った訳じゃなくて・・・ここって、吹雪征夜の部屋よね?」
「うん、征夜ならまだ寝てるよ。」
「は?一緒の部屋で?」
アメリアは少しギョッとした表情で、花とベッドの間に目を泳がせた。
昨晩も、特に何かあった訳でもなく一緒に寝ただけなのだが、色々と邪推されても仕方の無い状況だ。
「・・・あ〜、えと・・・起こして来て。」
「分かった!・・・征夜ぁ!起きなさ〜い!」
「まだ眠いよ・・・。」
「美味しいスープあるよ!」
「起きますッ!・・・うぐぁっ!」
母親に起こされる学生と同じ調子で、ベッドから飛び出した征夜。勢い余って足を滑らせ、地面に突っ伏してしまう。
「イッテテテテ・・・。」
「おはよっ!征夜!」
「お、おはよう・・・あの・・・何の用ですか?」
ズキズキと痛む額を摩り、バサバサに乱れた髪を整えながら、征夜は呑気に応答した。
しかし、そのマイペースな声は、アメリアの神経を逆撫でしたようだ。
「もう6時よ!起床と点呼は5時!ルーネに言われなかったの?」
「いやあの・・・聞いてないです・・・。」
「とにかく来て!アンタのせいで、ずぅーっと待たされてるの!」
「えっ、ちょ、うわっ!?」
アメリアの指がパジャマの袖を強く掴み、有無を言わさずに征夜を引っ張って行く。
まだ、朝食も着替えも洗顔も済んでいない。それなのに、彼女は強引に征夜を連れて行こうとする。
(た、助けて花!この人ヤバい!)
(悪い子じゃないから大丈夫!・・・多分!)
猛烈な剣幕に怯んだ征夜は、視線で花に助けを求めた。しかしながら、アメリアの威圧感に屈したのは花とて同じ。
結局、適当な愛想笑いを浮かべた彼女は、連行される征夜を尻目に、ソソクサと着替え始めた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「アンタ、花の彼氏なの?」
「は、はい・・・。」
「全然似合ってないね。豚に真珠って感じ。」
「え"ぇ"ぇ"ッ!?」
あまりにも辛辣な発言が、突如として飛び出した。
もはや暴言に近い指摘を心臓に食らった征夜は、思わずよろめいてしまう。
「そ、そんな事言わなくても・・・。」
「だって事実でしょう?彼女と釣り合うだけの知性が、アンタからは感じられないわ。」
「え・・・あ・・・はい・・・まぁ、小学算数も危うい脳筋ですし・・・ハハッ。」
ガチガチのリケジョである花と、四則演算も怪しい征夜。学力という点において、彼は花の足元にも及ばない。
今にして思えば、彼は"体育会系"だったのだろう。
しかし、それは転生した後で分かった事。
小中高大の学生生活においては、本当に何の取り柄も無い男だったと、彼自身も自覚していた。
(まぁ事実だよな・・・。)
アメリアの指摘を真摯に受け止めた征夜は、愛想笑いを浮かべて誤魔化した。
自虐と共に溢れ出した引き攣った笑みが、このトゲトゲしい会話の流れを断ち切ってくれる。そう思ったのだ。
ところが、アメリアの猛攻は留まるところを知らない――。
「アンタって本当にバカなのね?そんな事聞いてないよ。」
「ひえぇっ!?」
(なんだコイツぅッ!?"ちくちく言葉の権化"か!?)
険悪なムードを正そうと、敢えて反論しなかった征夜。そんな彼の隙に突け込んで、彼女は更なる口撃を加える。
「口調からして、頭が悪そうなのはすぐ分かる。そもそも、アンタに頭脳は期待してないから安心して。」
「えっ?はっ?じゃあ何が言いたいの?」
「そんな事をわざわざ問う辺り、本当に短慮なのね。」
「いや、だって会話にならないじゃん!何考えてるのか分かんないよ!」
「節操無しの上にコミュ力も無いの?」
「ファーッ!?」
鉄壁の防御と、続け様に繰り出される強烈な一撃。
征夜の神経を逆撫でし、的確に心を破壊しにくる女の言葉。
あまりに容赦の無い攻めに対し、征夜は笑う事しか出来なかった。思考回路が完全にショートし、顎が外れそうになる。
「せ、せせ、節操無しっ?ぼ、僕が!?」
「そうでしょ?」
「い、いや、待ってくれよ!何の話をしてるんだい!?」
困惑する征夜をよそに、ソソクサと歩み去ろうとするアメリア。征夜はそんな彼女の手を握って、話し合おうとするが――。
「不潔な手で触んないで・・・!」
「痛っ!ふ、不潔って何さ!?」
入浴は毎日してるし、不潔な物を触った覚えも無い。
しかし、征夜の手は勢いよく叩き返され、暴言と共に振り払われた。その理由が、彼には分からなかった。
「無償で借りてる客室で"寝れる"神経が、生理的に無理!」
「寝る?そんなの当たり前じゃないか!」
宿泊先として、女王の言い付けを受けた部屋。
そこで就寝する事に、何の後ろめたさが有るだろう。征夜には、アメリアの言葉が全く理解出来なかった。
「当たり前!?アンタ、花の事を何だと思ってるの!?」
(何だって言われても・・・。)
恋人であり、最愛の人であり、自分に人生をくれた人であり、自分に無い物を補ってくれる人であり、宇宙で一番素敵な女性。
考えれば考えるほど、返答に迷った。
征夜の中で彼女は特別を通り越して、"唯一神"に近い存在。しかし、そんな事を言ってしまえば、気味悪がられるに決まっている。
(あ、当たり障りの無いところで・・・。)
それとなくボカした表現で、大切な恋人である事を伝える。その為には、やはり比喩を使うのが良いだろう。
だが、ここで"大事故"が発生した――。
「そりゃあ、"毎晩寝ても良い"関係だよ!」
パチーンッ!
鋭利かつ重厚な平手が、突如として頬に飛んだ。
顎の関節が軋む音と、頬の筋肉が波打つ衝撃が脳の奥まで浸透し、激痛と困惑が思考を支配する。
「お、おご・・・痛い・・・。」
「このモラハラ男!アンタはもう喋んなくて良い!」
逆立つ髪に、ギラギラと光る眼光。
悪いのはアメリアの筈なのに、征夜を折檻した彼女の目線は侮蔑の色に満ちていた。
ゴミを見るような視線を強烈な敵愾心と共に浴びせた彼女は、唖然とする征夜を引っ張りながら、再び歩み出す。
(ひ、酷いなぁ・・・。)
"誰に対しても寛容"が、彼の基本的なスタンス。
しかし、何事にも例外は存在するものだ。これから彼女と友好な関係を築ける自信が、微塵も湧かなかった。
征夜はヒリヒリと痛む頬を摩りながら、アメリアの背を睨み付けた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
玉座の間には、既に大勢が集結していた。
その顔ぶれは十人十色で、服装もてんでバラバラ。制服や隊服のような物は無く、全員が個性豊かな私服に身を包んでいた。
「おっ、来た来た。」
「おはようございます、勇者様。」
シンは待ちかねたような表情を、玉座に座ったルーネは朗らかな笑みを浮かべ、征夜を群衆の元へ招き入れた。
しかし、彼の事を全く知らない者たちは、アメリアに手を引かれる無様な様子を見て、品定めするような視線を浴びせる。
「アレが・・・勇者?」
「はい、魔王と呼ばれる方を倒したと聞きました。」
「え〜!"グラっち"、こんな陰キャに負けたの!?」
「グランディエルを殺したのは人形使いの男で、それを倒したのが彼よ。」
「この先も、勇者に神のご加護があらん事を・・・。」
ライフルを持った女、学ランを身に付けた眼鏡の男、魔族と思わしき少女、白銀の剣を握りしめた女、聖職者と思わしき女性。
ザッと耳に入っただけで、これだけの人間が征夜に目線を釘付けにして、噂話に花を咲かせていた。
「アメリア、どうでした?あなたも"納得"できる結果でしたか?」
「全然ダメ、不合格ね。コイツ相当なクズよ。」
「ふ、不合格・・・?」
ヒソヒソと話し合うルーネとアメリアの会話に、征夜は強引に割り込んだ。
"不合格"とは何の事だろうか。その結果が、アメリアの態度に関係があるのだろうか。そう思うと、征夜は不思議でならなかった。
「適性を見る為に、色々と煽ってみた。そしたら、アンタの本性がよく分かったわ。」
「本性?」
アレだけの会話で、自分の何が分かったのか。
もしや、心理テストのような物を仕掛けられていたのだろうか。疑問に思った征夜は、更に深く聞き返す。
ところが、アメリアの口から飛び出したのは、驚愕の回答だった――。
「ルーネ!コイツはね!自分の恋人を意思なんて関係無しに毎晩犯す、最低なDV野郎よ!」
「・・・はっ?いやいやいやいやいやいやいやいやッ!!!何の話ぃッ!?」
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