EP236 霧隠れの町
征夜たちが乗る馬車は平原を駆け、山を越え、森を抜け、川沿いをひたすら走った。
子気味良いリズムで揺れる荷台は、とても居心地が良い。しかし窓から覗く景色には、常に血の色が混じっていた。
「本当に・・・戦争してるんだ・・・。」
「この辺はまだマシよ。激戦区に行ったら、地面と死体の区別が付かないもの。」
「うん・・・。」
小さく呟いた征夜の声に、槍使いの女が補足を加える。想像するだけでも酷い光景に対して、彼は思わず閉口した。
そして、数時間が経った――。
イーサンたちに連れて行かれた先は、山岳に囲まれた巨大な要塞都市だった。
強力な結界により外界から遮断され、目視する事も叶わない"霧隠れの町"。彼らの拠点は、その最奥に位置している。
深い夜の闇の中、街灯だけが道を照らす石畳の通りを疾走する馬車。
窓から覗く町の光景は、先程までと打って変わって非常に穏やか。人で賑わい、活気に溢れた大通りの光景に、征夜たちは安堵した。
「着いたわ。・・・そこの”アホ毛”!」
「はいっ!?」
征夜は直感的に、女が自分の事を呼んでいるのだと気付いた。
「アンタだけ来なさい!」
「は、はい・・・。」
肋骨が折れているにも関わらず、槍使いの威圧感は凄まじい。あまりの迫力に圧された征夜は、完全に萎縮してしまう。
(こ、怖いよぉ〜・・・花ぁ〜。)
先導する女を後ろから指差しながら、征夜は花にジェスチャーした。
(頑張って!征夜なら大丈夫!)
苦笑いと共に、無言のエールを送る花。
相変わらず不安げな表情を浮かべながらも、征夜は少しだけ奮起した。
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「先程は、大変失礼致しました。
我が国の兵が、とんだ無礼を働いたようで・・・。」
「いえいえ、僕は別に怪我してないので大丈夫です。」
征夜が連れて行かれた先は、"女王"の前だった。
簡素な衣装に身を包み、装飾も無い木彫りの椅子に座り込んだ女性。
その装いに貴族の威光は微塵も無いが、口振りや仕草から、高貴な家の出である事は充分に理解できる。
「仏像作るの楽しかったよ!?」
「お黙りなさい蜜音。ソレは、遊びで作る物ではありませんよ。」
「ぐぇー!怒られた!」
「"アメリア"と一緒に、下がっていなさい。」
「分かりました。」
「えぇ〜ヤダ〜!」
蜜音は少し暴れながら、アメリアと呼ばれた槍使いの女に引き摺られて、不服そうに謁見の間を後にした。
「申し訳ありません。二人とも悪人ではないのです。
ただ、少しクセが強いと言うか・・・そのせいで、問答無用で襲い掛かったのかと・・・。」
「えぇと・・・僕の格好が"敵兵"と似ていたとか?」
「そうなのです。勘違いしたようでして・・・。」
「それなら仕方ないですよ!」
事情を知った征夜は、安堵の笑みをこぼした。
取り敢えず、イーサン達は敵ではない。そして、この場所も敵の基地ではない。それを知れただけでも、ひとまずは安心だ。
「僕の格好、レアだと思うんですけど、結構見るんですか?」
前回の世界において、征夜以外に和服を着ている者は、師を除いて居なかった。
日本人の転生者が多くない世界、なおかつ転生者が冷遇される雰囲気が有る。そんな場所において、彼のような格好は非常に目立つのだ。
だが、この世界では事情が違う。
「異世界からいらっしゃった方ですね?
なら、この世界の文化について話す必要がありそうです。」
前回の世界と、この世界。征夜から見れば同じ異世界でも、その実態は大きく異なる。
彼に認識のズレが有る事を悟った女王は、丁寧に説明をする事にした。
「この世界において、"原住民・転移者・転生者"の括りは重視されません。
それぞれが分け隔てなく、平等に暮らせている。それが、この世界の良いところです。」
「ふむふむ。良いですね!」
前回の世界では、転生者差別で酷い目に遭った。
今回の世界では、少なくともソレは無い。その事実に対して、征夜は大きく安堵した。
この世界も、案外悪い場所じゃない。
そんな風に思えたのも、僅か数秒の事。
彼はすぐに、その安易な認識を改めさせられた――。
「・・・以上が、この世界の長所です。」
「・・・え?終わりですか!?」
あまりにも呆気なく、高評価点の解説は終わった。
この後に続くのは好評価の逆、「この世界が、いかに終わっているか。」と言う話だ。
「お恥ずかしい話ですが、この世界は本当に・・・血で血を洗う歴史を繰り返して来た。・・・そんな世界なのです。」
「何が・・・あったんです・・・?」
「・・・お話しましょう。
この地で紡がれて来た暗黒の歴史・・・"千年戦争"について・・・。」
固唾を飲んで、女王の話に耳を傾ける征夜。
そんな彼に語られたのは、あまりにも愚かな"戦いの歴史"だった――。