EP234 狂乱の襲撃者 <キャラ立ち絵あり>
カナカナ・・・カナカナカナカナカナ・・・!
地平線の彼方から鳴り響く、ひぐらしの声。
黄昏時の到来を告げる寂しげな音色は、夕焼けに染まった空と、血潮に染められた草原の狭間で、延々と木霊していた。
「よいしょっ!」
「きゃあっ!?」
「うごっ!?」
物憂げに響く蝉の声。そんな、郷愁を思い起こさせる幻想的な情景は、騒がしい転生者によって掻き消される。
何も無い空間に、突如として空いた穴。天界と地上を繋ぐ小さな道から、三人はそれぞれ放り出された。
征夜は軽やかに着地し、花は征夜にキャッチされ、シンは尻餅をついた。
三人は無事に転送を終え、"新たなる冒険の大地"に、確かな一歩を踏み出したようだ。
「いででで・・・ここが、戦乱の世界か?」
「あぁ、間違いない。」
「その割に・・・誰も居ない?」
シン、征夜、花はそれぞれ辺りを見渡すが、そこには人っ子一人居ない。
見渡す限りに広がる広大な平原の果てに、焚き火や煙突の煙は見える。だが、周囲には誰も居ないのだ。
「もっと、騒がしい場所だと思ってたよ。」
「俺もだ。ドンパチしてねぇのか?」
「みたいね?」
先ほどは突っ掛かったが、どうやら「激戦区を避けた」と言う言葉に偽りは無いらしい。少なくとも、今すぐ殺される事はなさそうだ。
「とりま、散歩でもしようぜ。」
「うん、そうだね。」
征夜たちは安全確認を終え、呑気に歩み出した。
まずは遠方に見える煙突の煙を目指し、情報を仕入れようと思ったのだ。
「お〜い!」
「ん?」
背後から、誰かの声がする。
振り返ると、小高い丘の上に立つ一人の女性が、コチラを見下ろしていた。
背部に浮かぶ、夕焼けの陽光。その逆光は後光となり、彼女を神秘的に照らしている。
「オォォォォォイッ!!!!!」
「お〜いっ!!!」
大袈裟に手を振り、自分達に呼び掛ける女性。
シンはソレに応えるように、両手を力強く振った。
「アハハハッ!やっぱり!生きた人間だよねぇっ!?」
「そうだよ!道に迷ってるんだ!」
その女性は、正に"天真爛漫"だった。
彼女の声から敵意の色は感じられず、間違いなく味方。征夜はそう判断し、思い切って道を聞いてみる事にした。
だが、彼の判断は誤っていた――。
「よっしゃぁ!案山子でも、死体でもない!」
「ん?」
なんだか、雲行きが怪しくなって来た。
征夜とシンは未だに彼女を信用しているが、花は二人の手を引いて「逃げよう」と合図を始めた。
花が覚えた嫌な予感は、ものの見事に的中する――。
「とりあえず死んでくれぇぇぇッ!!!ウバッシャアァァァインッ!!!!!」
勢いよく剣を抜き放った女性は、奇声を上げながら物凄い速度で突っ込んで来た。
坂道で加速し、残像が残るほどの速さで突撃してくる彼女は、何故か"笑っている"。
「よけろ花!」
「きゃあっ!」
剣の切っ先は、花の心臓めがけて神速の刺突を繰り出した。その動きを完璧に見切った征夜は、紙一重で花を押し倒した。
「おっとっと!」
「うらぁ"ッ!」
花への刺突を外し、前のめりに体勢を崩した一瞬の隙を突いて、征夜の膝蹴りが女の腹を狙う。
だが、バク宙の要領で華麗にかわした彼女は、体操選手のように軽やかな動きで、射程外に飛び去った。
「アハ!アハハハハッ!お兄さん強〜い!」
「なんだか、よく分からないけど・・・君を倒す!」
瞬時に刀を構え、臨戦態勢に入った征夜。
後ろ手で花とシンに退避を促しながら、刀を峰に返す。
(この人・・・結構強い!)
「決闘決闘!バンザァイッ!!!デェ"リャアァァァッッッ!!!!!」
大地を抉るステップで行われる、神速の踏み込み。
重力に逆らうように軽やかな動きで繰り出された、鋭く重い一撃。
フッと湧いて出た強敵の存在に戦慄しながら、征夜は今回の冒険における戦いは、これまで以上に苦戦する事を覚悟した――。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「アハハハァッ!負けたぁッ!!!」
「は、はぁ・・・はぁ・・・。」
女性と征夜の戦闘は、30分に渡って続いた。
両者、一歩も引かない打ち合い。制したのは征夜だが、華奢な体格から繰り出される神速の乱撃には、大いに苦しめられた。
「どうする?剥いて亀甲縛、いでっ!」
「バカ!」
征夜の"峰打ち"を喰らって横たわる女性。
無防備な彼女に駆け寄り、慣れた手つきで脱がそうとするシンの脛を、花は勢いよく蹴った。
(この人・・・強過ぎだろ・・・。)
戦闘で疲弊した征夜は、息を切らせながら冷や汗を流している。
軽く、どこかチャラチャラした態度とは裏腹に、その実力は本物だった。
それに、ミサラほどではないが中々に若い。おそらく、征夜より一回り下だ。
「あなた・・・どうして私たちを襲ったの?」
「お腹減ったよぉ・・・!」
どうにも、話が噛み合わない。
花の質問に答える事なく、女は空腹を訴える。
「えぇと・・・何か作ってあげる!それで良い?」
「ほんと!?」
女の意思を確認した花は、焚き火の準備を始めた。
天界の冷蔵庫から拝借した僅かな食材を取り出し、何を作ろうかと思案する。
「何が食べたい?持ち合わせは少ないけど、きっと何か作れるわ。」
「お姉さんのおっぱい!」
「分かった!私のおっ・・・はいっ!?」
当然、花はリクエストに応えようとする。だが、彼女が要求したのは、思いもよらない物だった。
「な、ななな!?何言って!?」
「えぇ〜?お乳出ないの〜?」
女は冗談のつもりだろう。
指で宙を揉みしだきながら、悪戯っぽく花に笑いかける。
「え、えと・・・ミルクは出ないよ・・・///」
「アハハハッ!お姉さんカッワイイ♡」
適当に言った冗談を真面目に返されて、面白くなっているのだろう。
花の反応を楽しみながら、彼女は更に大きな声で笑い始めた。
「も、もう!からかわないで!・・・え?」
「ぐぅ・・・!」
「ね、寝てる・・・。」
征夜と花は、思わず目を見合わせた。
なんと、花をからかっていた女は、彼女が目を離した一瞬の隙を突いて、眠り込んでしまったのだ。
あまりにも予測不能。思考が全く読めず、手球にとられる感触。そんな彼女によって、征夜と花は完全に翻弄されていた。
突如として眠り込んだ女を、果たしてどうするか。
征夜たちが彼女の処遇を決めかね、頭を悩ませていると――。
「ハッ!蜜音ッ!大丈夫か!!!」
「誰だ!」
背後から響く男の声に、征夜は機敏に反応した。
瞬時に振り向き、間髪を開けずに抜刀する。声の響いた方向に向け刀を構え、即座に臨戦体制に入った。
それは、背の高い青髪の男だった。
先ほどまで女が立っていた小高い丘の頂上より、逆光を背に浴びながら征夜たちを見下ろしている。
「ふぇ?・・・おぅっ!イーサンッ!ヘエェェェイッ!!!」
「は!?」
征夜が目を離した一瞬の隙を突いて、女は目を覚ましていた。
先ほど確認した時は、確実に寝ていた筈の彼女。それなのに、今では完全に覚醒している。
「よし!"逆立ちグリコ"しーよぉっと!」
呆気に取られる征夜と花を置き去りにして、女は靴を脱いだ。
逆立ちをしながら両足の指でジャンケンし、グリコの結果によって進む歩数を決めている。
「アイツら・・・きっと敵ね。」
「あぁ!殺っちゃおう!姉さん!」
「えっ?えっ?えっ!?」
謎の男の背後から、彼の姉と思わしき別の女性が現れた。あまりにも急速に展開する話に理解が追い付かず、征夜は混乱した。
「と、取り敢えず!二人とも!その子を捕まえといて!」
何はともあれ、戦うしかない。
グリコに飽きて、"舌で鼻下を触るチャレンジ"を始めた女性を尻目に、征夜は力強く刀を握る。
「征夜!?」
征夜の名を叫ぶ花の声は、どこか上ずっている。
強敵と連戦する彼の身を案じているのは、間違いないだろう。
だが、目の前に居る"謎人間"の対処を任された事に対し、"本能的な恐怖"も感じているようだ。
「ここは!僕一人で戦る!」
征夜は力強く宣誓すると、逆光に照らされた二人の戦士に応戦した。
その背後には、呆然と立ち尽くす花と、無軌道な奇行に走る女、退屈そうに空を見上げるシンが、匿われている。
「・・・俺たち暇だなぁ。何かしようぜ。」
「は!?」
「良いねぇ!遊ぼ遊ぼ!何する!?仏像でも作る!?」
「えぇ!?」
「おし!やるか!金剛力士像のレプリカ作ろうぜ!」
「えぇッ!?」
「どうせなら弥勒菩薩も!」
「はあぁッ!?」
「おっしゃあ!燃えてきたぜ!」
「えぇぇぇぇぇッッッ!!!???」
眼前で"仏像製作"が始まった時、花は瞬時に察した。
託された"2人の狂人"の波長が、謎のシンクロを見せた事を――。