EP233 新たな使命
「そろそろ起きて、お寝坊さん・・・♪」
「ん・・・?」
暖かな日差しに包まれた、天界の寝室。
ゲスト用に設けられた部屋の一角で、征夜はぬくぬくと熱の篭ったベッドの中で目を覚ました。
「おはよう征夜・・・ちゅ♡」
「おはよう、花・・・!」
ベッドの傍に立ち、花が彼を覗き込んでいた。
優しく頬にキスをされ、眠気と朝の気怠さが吹き飛ばされる。時刻は9時半であり、かなり遅めの起床である。
「昨日はよく眠れた?」
「うん・・・君のおかげで・・・!」
全身を包み込む抱擁と、魂すら救済するような温かい心。昨晩の征夜が熟睡できたのは、間違いなく彼女のおかげだ。
「良かったわ!・・・朝のお風呂入る?」
「そうしよっかな!・・・あ、一人でね。」
征夜は少し慌てた調子で、僅かに言葉を付け加えた。昨晩は意図せずに混浴したが、もう一度するのは抵抗がある。
「私はもう入っちゃったから、気にしないで。・・・フフッ♡それとも、私と一緒が良い?」
「あ・・・えと・・・いや・・・その・・・///」
否定も、肯定も出来ない。
彼女と入るのが嫌な訳ではないが、そんな事を自分から言うのは、恥ずかしくて出来ない。
「否定しないんだ?」
「嫌じゃないけど・・・恥ずかしいし・・・///」
「・・・それじゃ、またの機会ね♡」
からかうような笑みを浮かべた花は、征夜の背を優しく押した。
脱衣所へ入り込んだ征夜は、ソソクサと服を脱ぎ下ろし、風呂の扉を開ける。
「花が入ってた湯・・・・・・って、アホか!」
フッと湧いて出た、変態のような思考。
振り払うように頭を掻きむしった征夜だが、やはり本能には逆らえない。
「・・・良い匂いがする。」
立ち込める湯気の匂いをクンクンと嗅いだ征夜は、湯に浸かる前から、のぼせてしまった。
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「朝ごはん食べよっ!」
湯から上がり、着替えの服に着替えて脱衣所を出た征夜の視界に、花の眩い笑顔が飛び込んできた。
視線をテーブルの方へ移すと、思わず声が出てしまうほど豪華絢爛な食事が、卓上に敷き詰められている。
「おぉ!めっちゃ豪華!」
「天界のご飯だもんね!神様クラスよ!」
鶏の生姜焼き、天丼、エビ・レタスのサラダ、チキンソテー、中華春巻き、杏仁豆腐。
和・洋・中の料理が、それぞれ少しずつ盛り付けられ、食卓を彩り豊かに飾っている。
「いっただっきまーすっ!!!」
一般人からすると、朝食には少し重たい気がする。
だが、征夜のように物理戦闘が仕事の男には、これくらいで丁度良いのだ。
彼に合わせた食事量であると裏付けるかのように、花の席には彼ほど多く盛られていない。
「うわーッ!すごく美味しいよ!どれもこれも美味しくて最高!」
「そ、そうね!」
「鶏肉が多めなのも良いね!ヘルシーだし!」
花の前なので少し遠慮しながらも、征夜はガツガツと食べ漁った。
少し下品にも見える光景だが、花は頬を赤らめて笑っている。征夜の食いっぷりが、むしろ嬉しいようだ。
特盛りとも言える食事の山は、空腹の征夜を前にして、5分と持たなかった。
昨日行われた魔王討伐の宴において、征夜は食欲が無いと言う理由で食事を拒んでいた。そこで不足した分は、朝食で補えただろう。
「ご馳走様!ありがとう花!」
「・・・え?」
卓上の皿を空にした征夜は、花に向けて深々と頭を下げた。しかし、花は少し困惑したように、両手を顔の前で振る。
「えと・・・コレは天界の!」
「いやいや!花が作ったんでしょ?」
「ッ!」
征夜は自身が食べた料理を、"花が作った物"だと看破した。花は改めて天界の物だと主張したが、彼の結論は揺るがない。
「・・・どうして分かったの?」
「だって、この味は花にしか出せないからね!本当に美味しかったよ!」
「征夜・・・♡」
彼女としては、本音の評価を聞きたくて嘘をついたのだが、見破られてしまっては仕方ない。
潔く自作である事を認めた花は、"手料理の味"を完璧に記憶している征夜に対し、何とも言えない愛情が溢れ出して来た。
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「は、恥ずかしいよ・・・///」
「ダーメ、離さないっ!」
征夜の腕に抱きつき、肩を寄せて歩く花。
そんな彼女の姿を見て、道行く神々や天使たちが羨ましそうに彼を見ている。
「あっ、シンおはよう!」
「おはようシン。」
「おっす。」
花、征夜、シンの順で、3人は挨拶を交わした。
廊下の突き当たりで出会った彼は、どこか眠そうだ。
時刻は既に11時を回っているので、普段は早起きの彼に似つかわしくない格好だ。
「君も寝坊?」
「そりゃまぁ、3時までヤッてたからな。」
「・・・えっ!?」
「あらま・・・。」
征夜の質問に対し、シンはあっけらかんと答えた。
性に対してウブな征夜は、少し動揺している。だが同じ未経験でも、花の方は適当に受け流している。
「なんだよ、お前らもシたんじゃねぇのか?」
「ば、馬鹿なこと言うなよっ!」
「一緒に寝ただけよ。
大体、ミサラちゃんが死んだのに、そんな事出来る訳無いでしょ?」
慌てて否定した征夜に比べ、花は理性的だ。
大切な仲間を失った当日に、何事もなく行為に及ぶのは、鋼のメンタルと言わざるを得ない。それが、正常な判断だろう。
だが、それは"大切な"仲間を失った場合だ――。
「・・・?さっさと切り替えた方が、アイツの為だぞ?可哀想なんだろうが、今は気にしても仕方ない。」
シンの反応は、至って淡白だ。
ミサラと彼は互いに、そこまで仲が良い訳ではなかった。だが、それでも数ヶ月は共に過ごした仲間。多少の思い入れはある筈だ。
「え・・・あ・・・うん・・・。」
ここまで冷淡な反応には、流石の征夜も絶句する。
昨晩、花と取り決めた"前向きに過ごす誓い"と、言いたい事は同じなのだろう。ただ、調子が軽すぎる。
「・・・てか、人間は飯抜きだってよ。
昨日寝た女神が代わりに作ったんだが・・・ありゃダメだ。体は良いのに、メシマズ過ぎる。」
シンは適当な愚痴を吐くと、欠伸を掻きながら廊下の奥へ歩み去った。
「・・・シン、凄いな。」
「えぇ・・・。」
置き去りにされた二人は、小さくなっていくシンの背中を見つめながら、顔を見合わせていた。
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「新しい世界に行け・・・と?」
「その通りだ。」
玉座の間に並び、女神の言葉を賜る征夜たち。そんな三人に対して、彼女は新たな使命を言い渡した。
ソレは、戦乱の世界に出向き、"覇王"と呼ばれる男を討伐する事。
そして、未だに行方の知れない"破壊者"を捜索する事だった。
だが、この使命は本来なら、征夜たちに課せられる物ではない――。
「魔王を倒したなら、"報酬"が出るんじゃ?」
シンは素朴かつ、重大な疑問をエレーナに投げた。
確かに、彼らは前回の冒険において、使命であった『魔王の討伐』を成し遂げた。
よって、彼らの冒険は終わり、使命を果たした功績に対する報酬、俗に言う"祝福"が与えられる筈だった。
ところが、エレーナは不条理にも、彼らとの約束を反故にした――。
「ラドックスと言う男は、正式な魔王ではなかった。
それに、君たちの当初の使命は破壊者の討伐。それを果たさずして、"祝福"は与えられない。」
「そ、そんな!」
花は不服そうに声を上げる。
その声に怒気は無く、純粋な"失望と落胆"だけが感じられる。
「花、よそう。」
「征夜!?だって、もう一度危険な旅に駆り出され・・・ッ!」
"あまりにも生温い事"を言う征夜に異議を申し立てようと、花は勢いよく振り返った。
ところが、その意志は即座に崩れ去った。
振り向いた彼女の視界に飛び込んで来たのは、琥珀色の不気味な光に包み込まれた、"凶狼の瞳"だったのだ――。
「え・・・あ・・・征夜・・・。」
「大丈夫!君の事は、何があっても僕が守るから!」
「・・・うん。」
優しく、落ち着いた口調で花を宥める征夜。
だが、その瞳は怒りで燃え滾っている。有無を言わさない彼の目力に圧されて、花は何も言えない。
("俺"は別に良い・・・けど、花は関係ないだろ!)
彼の頭は、その思いで埋め尽くされていた。
事実、彼に新たな使命が振られた事に、花はあまり関係が無かった。完全なトバッチリである。
「あ・・・えと・・・なんだ?」
「別に。さっさと次の世界に送れ。」
「う、うむ・・・。」
感情によって輝きを増す瞳術、"永征眼"。
煮え滾る怒りを以って征夜から放たれる眼光は、天界の女王すら萎縮させた。
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「異世界テレポーター、接続完了だ。」
円形のエレベーターのような物に押し込まれた征夜たちに、エレーナは出発の合図を出した。
"転生"の際は魔法で移動したが、今回は"転移"なので、少し違う方法を用いるようだ。
「口は閉めといた方が良いですよ!舌を噛んじゃいますから!」
「おう。」
昨夜を共にした女神の忠告に対し、シンは引き攣った笑みを浮かべながら頷いた。どうやら、想像を絶する不味い料理を食わされたようだ。
「これから君たちが行く世界は、非常に危険だ。
激戦区は避けるが、転移先が安全とは言い切れない。すぐに退避して、安全な場所を探してくれ。」
女神エレーナの夫、サフィードが征夜たちに忠告する。まともな事を言っているようで、中々に無責任な話だ。
「安心しろ。アンタらの安全管理なんて、元から信用してな、いでぇッ!」
「ご忠告、痛み入ります!」
口答えしようとした征夜の足を、花は勢いよく踏み付け、彼を黙らせた。
ただでさえ、エレーナ達は征夜に恐怖を抱いている。これ以上の感情を持たせるのは良くないと、花は"大人な判断"を下した。
「それでは・・・覇王討伐の健闘を祈る!破壊者の件も頼んだぞ!」
エレーナはそう言うと、征夜の眼光から逃れるようにして、転送装置の制御板を弄った。
グルグルと回転しながら、光の渦に巻き込まれて行く征夜たちを見ながら、彼女はホッと胸を撫で下ろした。
「それでは、私は仕事に戻ろう。」
平静を取り戻したエレーナは夫に軽く目配せし、その場を去った。
転送装置の前に取り残されたサフィードは懐から、おもむろに何かを取り出す。
「吹雪征夜・・・吹雪の血を引く者・・・。」
空っぽになった転送装置を見つめ、サフィードは手に持った物を握り締める。
それは厚手のハードカバーであり、かなり古い書物のようだ。表紙に書かれた文字は掠れているが、辛うじて"天渡りの剣士"と読める。
「君は、伝説を超えられるか?」
書物に示され、その功績で未だに世界を照らす英雄。
"300年前の伝説"に思いを馳せながら、サフィードは短く呟いた――。
(解説)
✳︎永征眼
・吹雪一族が開眼する、遺伝性の瞳術。
・"怒り・興奮"によって目覚める『凶狼の瞳』と、"憎悪・破壊衝動"によって目覚める『修羅の瞳』が存在する。
・発動すると瞳の色が変化し、前者なら"琥珀色"に、後者なら"深紅"に染まる。
・どちらも身体能力、動体視力の向上が主な効果。だが、後者の方が強力な代わりに、完全に理性を失う副作用も有る。
☆女神エレーナ
・征夜たちを召喚した女神であり、転生者を統括する"管理職"。それでいて、天界の女王でもある。
・強力な権力を持っているものの、本人は政治に無頓着な横着者。実質的には、元老院の操り人形。