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EP240 おもしれー女


「あらま・・・。」


 征夜を見つめるルーネの目が、軽蔑と猜疑の色を帯びた。何処となく引き気味に、目を細めている。


「まぁ確かに、あのドスケベボディなら仕方ない。むしろ、孕ませてやる気概で行け。」


 背後から肩を叩いたシンは、サムズアップと共に満面の笑みを浮かべている。

 賞賛なのか、はたまた冗談なのか分からないコメントを添えながら、彼はひたすら笑っていた。


「最低な奴だ。」

「何ぃっ!?童貞じゃないだとぉっ!?」

「日本男児の風上にも置けない方ですね・・・。」

「なんて酷い奴!」

「あぁ神よ、外道に墜ちたる子羊より、加護を取り払いたまえ・・・。」


「はっ?えっ!?えぇぇっ!?」


 困惑し、パニックに陥る征夜を取り囲んで、ヒソヒソと陰口を叩く声が聞こえる。

 言われの無い罪を被せられた征夜はキョロキョロと視線を泳がせ、慌てふためく事しか出来ない。


「い、いや!誤解だよ!何の話さ!?」


「毎晩寝て当然なんでしょ!?アンタはそういう男なのよ!」


「えっ!?えっ!?えっ!?こ、恋人なんだし良いんじゃないの!?花の方から"入ってくる"し!?」


「は?お前、挿れられる側なの?確定してんの?」


「何の話だよぉっ!?」


 "布団に"入るのは、いつも花。その事を説明しようとしても、あらぬ誤解を招いてしまった。

 否、シンは全て分かった上で茶化している。そのせいで征夜に対する嫌悪の目線は、一層強くなる。




 そんな中、測ったようなタイミングで扉が開き――。




「ごめんなさ〜い!遅れましたぁ〜!!!」


 着替えを終えた花が、息を切らせながら走り込んだ。

 ポワンポワンと揺れる美しい緑の髪が、群衆の目を釘付けにする。


「みんな〜!"開発女王"が来たぞぉ〜!」


「何を言っとるんじゃ貴様はぁッ!!!」


「いっでぇ"ッ!!!」


 名誉毀損一歩手前のボケをかましたシンは、後頭部に強烈な殴打(ツッコミ)を喰らった。

 アメリアの"説教の矛先"が、早くも征夜からシンに移った事を皆が悟り、爆笑の渦が巻き起こった。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「アッハハハハハ!"アメちゃん"早とちり過ぎっ!」


「僕、そもそも童貞だし・・・。」


「そんな感じするわ。」


「うるさいなぁ・・・。」


 誤解は、瞬時に解けた。

 征夜の言葉を信じなかった者たちも、花の言葉には耳を傾け、簡単に信用した。


 この反応の違いは、人徳の差なのだろうか。

 花と自分では"人間としてのレベル"が違う事を、征夜は改めて自覚させられた気がした。


「ともかく!花は毎晩犯されてる訳でも、征夜を開発しまくってる訳でも無いんだな!・・・つまんねぇ。」


「アンタは!デリカシーって物が無いのか!このセクハラ男!」


「ほぐぅ"っ!?」


 アメリアの右ストレートが、シンの頬を強烈に穿った。そんな様子を見た周囲の者から、ドッと笑いが起こる。


「誤解も解けたようですし、これなら構いませんね。アメリアも、良いでしょう?」


「・・・仕方ないわね。」


「構わない?・・・何の話ですか?」


 自分だけを置き去りにして、またも話が進んでいく。

 ルーネとアメリアは、さっきから何の話をしているのだろう。征夜は気になって仕方がなかった。


 そんな中、ルーネが口にしたのは、あまりにも突飛な采配であった――。


「勇者・吹雪征夜、只今を以って貴方を・・・反逆の狼牙(リベリオン・ウルフ)隊の隊長に任命します。」


「え?・・・無理無理無理無理無理無理!!!!!無理ですよぉッ!!!」


 まさに、即答であった。

 満面の笑みで任命したルーネの前で、征夜は両手を大袈裟に振って否定する。


「あら、どうしてですか?」


「い、いや!どうしても何も!部隊の指揮なんて!?やった事ないですっ!

 と言うか、上司として働いた事も全然無いので!責任が持てません!!!」


「大丈夫。勇者様が率いるのは、経験豊富な精鋭達です。前世では、退役軍人だった人も居るんですから。」


 穏やかな笑みを浮かべながら、言い聞かせるような口調で宥めるルーネ。だが、どれだけ言葉を並べられても、征夜は納得出来ない。


「い、いやいやいやいや!!!

 そもそも僕!軍隊なんて知りません!陣形とか、そういうの分かりませんから!!!」


「ご安心ください。

 陣形や戦術が重視される戦場に、この部隊は行きません。特殊工作や単独任務が多いですから。」


「で、でも!」


 軍隊の一員として、部下の命を預かる。

 それが、どれほど重大な責任を伴う事なのか。征夜には計り知れなかった。


 それに加えて、彼には"苦い経験"があった――。


(ミサラだって・・・死なせたんだ・・・。)


 人生で初めて"上司としての自分"を慕ってくれた人を、彼は救えなかった。

 部下として、仲間として、長い時を共に過ごした彼女。征夜は、その死に目にすら会えなかった。


 こんな自分に、一部隊を率いる資格があるのか。そんな能力を持ち合わせているのか。

 自問自答の袋小路に迷い込んだ征夜は、頭を抱えて塞ぎ込んでしまう。


「シャキッとしなさい吹雪征夜!

 ルーネがアンタを選んだんだから、従うしかないでしょ?私もサポートしてあげるから!」


 アメリアは征夜の肩を掴み、グラグラと揺さぶりながら語り掛けた。

 厳しさの中にも、どこか優しさを忍ばせた言葉選び。しかし征夜には、彼女の思いやりなど微塵も伝わりはしない。


「君・・・他人事だからって・・・!」


 流石の征夜も、我慢の限界だった。

 よく分からない仕事を押し付けられた上に、見ず知らずの女から喝を入れられるのだ。堪ったものではない。

 ここまで来ると、困惑よりも怒りが優ってくる。

 握り締めた拳はアメリアに向けられ、今にも暴発しそうになる。


「征夜!」


「え?」


 征夜の怒りが臨界点を超えそうになった時、アメリアとの間に花が割って入った。

 どこか慌てたような、それでいて憐れむような目線を征夜に向けながら、ゆったりとした口調で話しかける。


「ほら・・・私の目を見て。」


「あ・・・。」


 征夜の意識は、瞬く間に"実感"を失った。

 花の声が脳の奥に届くと、現実世界から隔絶されたような感覚に陥り、ボンヤリと聞こえる彼女の声だけが、現実の全てになる。


 征夜は、花の声が聞こえるだけで安堵した。

 視界の中心に据えられたピンクの瞳が脳の奥まで入り込み、思考を支配される。

 自意識の全てが花に捧げられるような感覚すらも、彼には心地よく思えた。


「女王様があなたを見込んだの。

 あなたなら出来るって、信じてるから任せてくれたのよ。私は彼女の判断が正しいと思う。」


「うん・・・。」


「女王様はきっと、あなたに合わせて隊員を集めてくれた。なら、断るのは無理だと思うの。」


「うん・・・。」


 花の言葉は、征夜自身も驚くほど素直に、彼の中へと入り込んだ。

 その言葉には逆らえない。抗えない。彼女が言っている事なら、きっと正しい。そんな確信が持てたのだ。


「私も一生懸命手伝うから、一緒に頑張ろ!」


 花はガッツポーズと共に微笑みながら、征夜に最後の一押しを加えた。無論、彼は即答である。


「うん・・・頑張ってみるよ!」


「よしよし、偉いねぇ・・・♡」


 征夜を優しく抱きしめ、頭を撫でる花。

 公衆の前である事も忘れて、征夜は全力で彼女に甘えた。


(なんとかなる!)


 考えてみれば、それほど心配する事でもなかった。

 花が大丈夫だと言うのだし、きっと大丈夫だ。征夜は温かい胸に抱かれながら、そう確信した。


「抱き合ってる。」

「ウハハハハッ!童貞のくせに大胆じゃん!」

「何はともあれ、丸く収まりそうで良かったですね。」

「熱々だなぁ・・・。」

「あぁ、神よ。彼らを祝福したまえ。」


 征夜に猜疑の目を向けていた者たちも、次々に掌を返している。と言うより、花の落ち着いた口ぶりを見て、"部隊の今後"に安堵したと言うのが正しい。


 そんな、恋人同士の仲睦まじい様子を見て、面白くない者が居た――。


「フンッ!言ってる事は同じじゃない・・・!」


「おぉ?確かに反応が違うねぇ!なんでだぁ!?人徳の差かぁ!?」


 いつになくハイテンションなシンは、不機嫌なアメリアを煽り立てた。

 どこまでも無邪気な笑みを顔に貼り付け、全力で彼女を苛立たせようと努める。


「どういう意味よッ!」


「人に嫌われる才能が有るって事さッ!!!」


「ん"がぁ"ッ!!!」


 咆哮と共に打ち出されたアメリアの拳は、シンの頬に向け直進した。

 しかし、苛立ちが最高潮に達した彼女の拳は、冷静さに欠けている。シンにとって、回避など容易い事だ。


「そんなにカッカするなって!ますます嫌われるぞ?」


「何ですって!?・・・あっ、逃げるな!待ちなさいよッ!」


 全身全霊で煽り倒した後、シンは扉を開け放って駆け出した。

 唖然とする他の隊員をよそに、アメリアもそれを追って玉座の間から飛び出して行く。


(おもしれー女だなぁ。・・・"青春"って感じするわ!!!)


 "これまでの仲間"では得られなかった刺激的で陽気な時間は、本人すら忘れていた"チャラ男根性"を呼び起こした。

 元より感情の波が激しい男ではあるが、ようやく"冷血"から"熱血"へと魂が塗り変わりつつある。その事実に、シン自身が最も興奮していた。


(コイツ、男嫌いそうだもんなぁ!・・・弄り倒したろ!)


 高慢でプライドが高いアメリアは、弄り甲斐がある。

 下ネタとナンパが趣味のシンとは、水と油の関係。だからこそ、彼にしてみれば面白い。

 怒っても面白いし、嫌われても面白い。それこそ、心が折れてる様子も見てみたい。そんな、歪んだ欲望をそそられる。


(とりま、仲間が増えて助かったぜ!

 あんな根暗どもと一緒に居たら、俺まで陰キャになっちまうしな!)


 正直言って征夜も花も、彼には波長が合わなかった。

 いつも仲間内で浮いている気がしたし、一緒に居ても楽しくない。そんな時間が多かった気がする。

 それに引き換え、これまでの旅が"つまらなかった"と自覚させられるほどに、新たな仲間、特にアメリアと蜜音は相性が良い。


(やっぱ仲間って大事だなぁ!)


 今度の冒険は何倍も面白い物になるような、そんな予感がシンの中を駆け巡っていた――。


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