鬼龍院愛子、戦う。
幼い頃、テレビの向こう側で活躍する正義のヒーローはいつだってかっこよかった。
『わたしは負けない! だってみんなを守りたいからっ……!』
ライダースーツを着ている男の子だけじゃない。フリルの華やかな衣装に身を包んだ女の子だってそう。可愛いんだけど、かっこいいのだ。
大切な者のためにボロボロの身体で何度だって立ち上がる。それがどんなに強い相手だろうと、どんなに恐ろしい相手だろうと。
そんな彼ら、彼女らに幼い頃の鬼龍院愛子は憧れていた。
だが、現実はどうだろうか?
虫の息同然の街中で暴れていた怪物たち。そんな怪物を現在進行形で蹂躙中の恐ろしい形相をした大きな大きな鬼と龍。そしてその鬼と龍を従えている魔法少女の姿をした鬼龍院愛子(来月には三十路を迎える成人女性)。
「おーほっほっほっ! ひれ伏しなさい愚民ども! これがミラクルラブリーの力でしてよ!」
隣では愛くるしい白猫が翼をばたつかせながら偉そうに叫んでいる。
「え、えっとぉ~このあと私はどうすればいいんでしょうか?」
「あら、どうしたの、ミラクルラブリー? そんなにおどおどして。もっと堂々と胸を張ってくださいまし!」
「いや、だから、鬼と龍が怪獣だけでなく街の建物まで壊してるじゃないですか? あれって直せないんですかねぇ?」
愛子は現在、翼が生えた白猫の影響でミラクルラブリーという名の魔法少女になっている。
魔法少女パワーのおかげか街に出没した怪物たちを召喚獣で倒しているが別の問題が起きていた。
日曜日の朝に放送される魔法少女ものアニメにでてくるようなどこかポップな見た目の怪物。街で暴れる悪い奴なのは分かるが、そんな怪物をリアルな可愛らしさなんて一つもない鬼と龍が殺戮しているのだ。しかも、アニメとは違って怪物も血肉を噴き出して倒れていくのでもう地獄絵図。
愛子は現在魔法少女パワーで空を飛んでいるため街全体の様子が見れる。
怪物をなぶり殺したり食い殺したりする鬼と龍。怯えた目で怪物ではなく鬼と龍を見つめ阿鼻叫喚する人々。
……うん、地獄絵だ。
「直す……直す、ねぇ。ミラクルラブリー、貴女が手に持っているそのラブパワーステッキを直したい建物に向かって振ってくださらない?」
「あ、これですかね」
安直な名前は今さらだから無視することにして、ひとまずは壊れたものが回復する事実に安堵する愛子。
白猫の指示通り、愛子は手に握っていたステッキを半壊してビルに向かって振る。
すると――
グチャグチャグチャグチャ――
ピンクのハートのビームが放たれ、建物に当たると生々しい音を立てながら生き物のように素材が膨れ上がり、骨のように、肉のように、血のように、皮膚のように形を成して元に戻っていく。
その光景もやはりグロテスクで見ていた人々は修正された建物と、その現象を起こした元凶である愛子、ミラクルラブリーを顔面蒼白で見つめる。
魔法少女ってもっとこう可愛らしくて華やかで……いや、そこまではもう期待しない。ただ、こんなにグロテスク仕様はちょっとやめてもらいたい。
泣き声を上げる幼女の声が聞こえてきて、愛子も思わず泣きそうになった。が、どうにか耐えた。
「わ、わぁ~、これで街も戻って安心ですねぇ~」
「そうでしょう。そうでしょう。ちゃんとアフターケアもしっかりしているのよ。これで心置きなく暴れても大丈夫ですわよ!」
「そうなんですねぇ。で、どうすればこの戦いは終わらせることができるんでしょうか?」
「そうね、悪いやつらはぶっ潰したようですし……」
白猫は不敵な笑みで愛子を見つめる。嫌な予感しかない。
「では、ミラクルラブリー、最後に決め台詞を」
「え? 決め台詞?」
直後、ラブパワーステッキがどぎついピンクの光を強く放ち、人々の視線はミラクルラブリーに集中する。
せめてもの救いなのが魔法少女姿の愛子は目の下にクマがある疲れ切ったOLではなく、非常に愛くるしい見た目をした高校生くらいの少女。
誰もこの危険な魔法少女が鬼龍院愛子だと気づくことはないだろう。
そして、身体が勝手に動き始める。
「みんな~大丈夫だったかな? ミラクルラブリーがわる~いやつを倒したからもう安心! 今日もみんなにラブラブキュン! デーモン・ドラゴン・ミラクルラブリー! それじゃあ、ばいばいーい」
少年少女らの健気で心惹かれる応援したくなるような戦いではなかった。だが、まぁ、無事に生きている。それだけで十分だ。というか、もうあんまり考えたくない。
もうこうなったらやけくそだ。
今だに鼻息荒い厳つい鬼と龍の前でミラクルラブリーは完璧なまでのぶりっ子ポーズを決める。
そして、ピンクのハート型の光が弾けると同時に鬼と龍と一緒に姿を消した。
こうして鬼龍院愛子、もとい、ミラクルラブリーの最初の戦いは幕を閉じたのだ。