農村飯
~魔法国 南の農村 宿屋1階 食堂~
村に着く頃にはすっかり日が落ちて、なんとか宿屋に到着した。
ダンジョンに挑む前にもこの宿には泊まった。
客はまばらで、各々が食事中だ。
丸太のような腕をした中年の男――宿屋の主人が話しかけてくる。
「いらっしゃい。おお、兄ちゃん、たしか攻略者だね。おかえり。……二人かい?」
「……ああ」
「そうか、帰り分の食事も用意していたのに残念だ」
主人は肩を落とし、左手で自身の胸を二度ノックする。
店に居た客たちも食事の手を止め、俺に向けて各々がそのようにした。
俺も左胸をノックする。
セレナータは無表情で眺めていた。
「これはお祈りだよ」
彼女も真似をして、しばしの静寂が訪れた。
それから、おそらく戦士だった中年の彼はニカッと白い歯を見せ、
「うちは食事も宿泊も2ゴールドだ。どうする?」
宿屋の仕事を始めた。
俺は財布の中身を確かめ、8ゴールドを手渡す。
「食事と宿泊を2人分。部屋は一緒でいい」
「あいよ。2階奥の部屋を使ってくれ」
そう言って主人は厨房に戻る。
俺たちは空いた席に座ると、まもなく2人分の食事が運ばれた。
若いウェイトレスは手慣れた様子で2枚の皿に盛った料理をテーブルの中央に並べ、スープと小皿と食器を俺とセレナータの前に置く。
「大皿は、フリカデラ、オヒョウの燻製。ピースープ、小皿は魚介のテリーヌと潰しパン。あと、デザートにパイがあるよ。めしあがり~」
テキパキと説明し、ニコリと笑顔を振りまいた。
けっこうかわいい。
視線をセレナータに戻すと、いつもの無表情があった。
「セレナータ、笑ってみて」
「はい、ご主人さま。それでは……」
セレナータは両手の人差し指で口角を上げてみせた。
「にへへ……」
完全に笑ってなかった。
というか表情が死んでいる。
「俺が悪かった。気を取り直して食べようか」
手を合わせる。
いずれも冷製料理。
魔法国は冷ました料理を食べる文化だ。
前菜のテリーヌは潰した白パンに乗せて食べる。
魚介のすり身にハーブが混ぜてあって良い香りだ。
ピースープはその名の通り、豆のスープでドロっとした汁に刻んだ野菜が入っている。
この青臭さが好きだ。苦手な人もいるけどな。
小皿の前菜を食べたら、空いた小皿に大皿の料理を取り分ける。
ビュッフェ形式だ。
他の客たちを見ても仲間内で大皿を共有している。
大皿のフリカデラは豚肉と牛乳を合わせた贅沢なハンバーグだ。
これも例によって冷めているが、おかげでこの固さ。
噛むほど味が出てくる。
オヒョウは顔の片側に目が2つあってグロテスクな魚だが、白身は淡白な味わいだ。
海魚をこんな農村でも食べられるのは珍しい。
とはいえ燻製だ。保存も利く。俺も旅に持ち運ぼうかな。
そんな風に食べていたら、セレナータの手がまったく進んでいないのに気づく。
昼に、食事は温かいうちに食べろ、と教えたから手を付けなかったのか?
「これは冷めてるけど、この国はそういう食文化なんだ」
「はい、でもご主人さまが食べていいと仰いませんでしたので」
なんだそりゃ。
「いちいち俺の許可を取らなくていい」
「ですが……」
「あ~」
めんどくさい。
セレナータは何かに付けて命令絶対なのだ。
いや、そうか、命令絶対か。
「よーし分かった。セレナータ、今日は一日好きにしていいぞ。これは命令だ」
またトイレにまで付いてこられたらたまらないしな。
これで心置きなくメシを食えるぜ。
「って、あれ……、今までここにあったメシは?」
大皿は空になっていた。
戸惑いながらセレナータを見ると、口をもぐもぐしているではないか。
「おまっ、こ、これを一瞬で……?」
「はい、ご主人さま。いけなかったですか?」
「いや……。好きにしていいと言ったのは俺だ」
「では、これと同じものをあと4倍ほどいただきたいです」
「よん……ばい……?」
え?
4倍って4人前じゃなくて、8人前なんだけど!?
「セ、セレナータ……」
「はい、ご主人さま」
あいかわらずの無表情だ。
くうぅ……、俺の財布は限界だ。
でもセレナータが初めて俺にお願いをしたんだぞ?
「ご主人さま?」
俺が口ごもるせいで、無用な心配をさせている。
いや、これという仕草も表情もしてないが、たぶん心配されてる。
セレナータのえげつない美人顔を観察しても何を考えてるか分からない。
あ、よく見ると頬にソースが付いてた。
「ぐっ、いいだろう! 宿屋の主人! 同じものを8人前たのむ!!」
俺は厨房に向かってやけっぱちに注文した。
奥から、「あいよ!」と返事がした後、ドタドタと主人がやってきた。
「急にどうしたんだい。8人前なんて食べられないだろ」
「セレナータ……、彼女がこれと同じものを4倍ほしいと言ったんだ」
主人が丸太の腕を組んで、セレナータをまじまじと見つめる。
セレナータは涼しい顔のまま、まぶたをぱちくりとさせた。
「嬢ちゃん、うちのメシは美味かったかい?」
「はい。どれも今まで食べたもので一番おいしかったです」
「そうか!」
主人はニカッと歯を見せて笑い、
「うちは食事も宿泊も2ゴールドだ」
と言った。
俺は財布からなけなしの金を手渡す。
主人は意気揚々と厨房に戻った。
セレナータが食べたことがあるのは俺が作った昼食だけだし、たぶん嘘じゃない。
細い身体のこいつのどこにメシが入るのか……。
そう思っていたのもつかの間、ウェイトレスの娘が運んでくるたびに食事をたいらげていった。
まるで底なし沼のようだ。
他の客たちもセレナータの1人フードファイトを見物する始末で、俺はそそくさとその場から逃げる。
バーカウンターで主人が太い腕で額の汗をぬぐっていた。
「やあ、主人。わるいね」
「いいさ。それと、お前たちのパーティは10人だったんだな。用意していた分がちょうど無くなったよ」
俺とセレナータの2人分、そして追加の8人分。
たしかに俺のいた攻略団は10人だった。
「お前たち攻略団のそういうところが好きで、ダンジョンそばの宿屋をやってんだい。がんばんな!」
「あ、ああ」
たまたまだと思うけど、主人が都合よく解釈してくれた。
主人は鼻歌を歌いながら厨房へ戻る。
セレナータのやつが、まさかな。
それでも主人の解釈が俺には心地よかった。