旅飯
~魔法国 南の草原~
草原には大きな岩がいくつも転がっている。
岩の上に草花が茂り、その合間は薄暗く肌寒い。
旅人は岩の間を縫うようにして進む。
魔物や盗賊に注意しながら進むのが一人旅の鉄則だ。
「セレナータ」
しかし、今の俺はひとりじゃない。
呼びかけに応じて腰に下げた剣が凛と呼応する。
「はい、ご主人さま」
「実体化して周囲を見張ってくれないか?」
そうお願いすると、剣から溢れた光の粒子が束となり、美しい青藍の髪が舞う。
かしこまって俺を見上げる少女が現れた。
彼女が居るだけで、まるでここだけが無音になったようだ。
「あ、俺の方は見なくていいからな」
ひとこと残してセレナータを置いて岩陰へ寄る。
ズボンのベルトをゆるめ、
……ふぅ。
立ちながら用を足す。
いやぁ、ボス戦の後にちょっと水を飲みすぎたな。
怒ってのどが渇いた。
その後ずっとセレナータが居たから、限界だった。
すっきりした気持ちでズボンを履き直して振り向くと、セレナータがほとんど真後ろで待っていた。律儀に背中を向けて。
「えっ、俺の方は見なくていいって言っただろ」
「私は見ていません」
「いやまあそうだけど……」
たしかにセレナータは俺に背を向けているけれど。
「音、聞こえたんじゃないの?」
「……」
「なんで無言!? ほら、こっち向け!」
セレナータは兵隊の行進みたいに綺麗に振り向いた。
で、俺はその視線を見逃さなかった。
「ほら見た! 今、俺のズボン見たよね?」
「男性は便利でございますね」
表情をぴくりとも変えずに涼しげに答えた。
「私はご主人さまの命令に従ったまででございます」
いやそうなんだけどさ!
「トイレの時くらいは離れてくれよ!」
「私はご主人さまの剣です。肌身離れず、お守り致します」
「なら十八歳男子の繊細な羞恥心も守ってくれよお!!」
必死な叫びは岩に虚しく反響し、青い少女は恐れ多そうに礼をした。
~魔法国 南の草原 大岩~
しばらく歩いたところにこの草原のセーブポイントがある。
魔物が出ないので丁度よい休憩スポットだ。
誰かが焚き火をした跡があり、岩に打ち付けられた釘に鍋やおたまが下がっている。
攻略者なら誰でも使って良いのだ。
ずっと昔、攻略者が冒険者と呼ばれていた頃からの風習らしい。
「ありがたい」
今日も感謝しながら昼食の準備に取り掛かる。
「セレナータ、実体化して手伝ってくれ」
「はい、ご主人さま」
俺は荷物袋から干し芋、クジの実、ピクルス、そして潰しパンを取り出した。
もちろん水袋も忘れない。
「セレナータは料理できるか?」
「わかりません。ですが、ご主人さまのご要望とあれば」
「じゃあ食材を切ってくれ」
俺は腰に下げた剣をセレナータに差し出す。
「ご主人さま、なぜ剣を?」
「これで切るんだよ」
「私は伝説の聖剣セレナータです。このようなものを切るために在るのではなく、ご主人さまの戦いでのみ振るわれる剣でございます」
強めの語調でやや早口に言い切った。
「そんなこと言わずに料理の腕も振るってくれよ」
「ですが……」
断固として曲がらない。
ふーむ。
「あれ~? 伝説の聖剣なのに、こんなものも切れないの?」
試しに煽ってみた。
「できません」
えらく整った顔がクールに答えた。
「ちぇっ」
なんだよ、お高くとまっちゃってさ。
「もういいよ、俺ひとりで作るし。セレナータはそこで待ってな」
「はい、ご主人さま」
返事だけ一丁前で、そのあと本当に手伝ってくれなかった。
剣には剣なりのプライドがあるんだろう。
仕方ないから別の小刀を使ったが、まさかそれを見抜いていたわけではあるまい。
「できたぞ」
簡易的な料理だ。
干し芋は蒸して前菜に、ピクルスはサラダに、クジの実はスープにした。
主食の潰しパンはカレー粉を混ぜ込んであり、それぞれの料理の合間に食べるものだ。
「セレナータも食うだろ?」
「……良いのですか?」
おずおずと問うた。
「いいよ。ほら」
鍋から木椀によそう。
テーブル代わりの角石の上に昼食が並んだ。
二人分の食事を並べ終わったが、まだセレナータは口をつけていなかった。
「俺が座るのを待っていたのか?」
「はい」
なんだ、殊勝なところもあるじゃないか。
「温かいうちに食え。飯を冷ますのは作った奴への冒涜だ」
「はい。ですが、ご主人さまより先には食べられません」
「そういうもんなのか? まあ、いいや」
俺は手を合わせる。
「いただきます!」
セレナータは俺が手を合わせたのを不思議そうに眺め、ぎこちなく両手を合わせた。
「いただきます、ご主人さま」
俺たちは飯を食った。
セレナータはもりもりと食べている。
嘘みたいな美少女だと思ったが、食べる姿は年相応に見えた。
干し芋は噛むほど甘酸っぱい味が出るし、カレー味のパンはいくらでも食えそうだ。
舌がカレー味になったらピクルスでリセット。
残りのパンをかじり、カラッカラの口にクジの実の青臭いスープを流し込む。
ふぃ~うめぇ、と空を仰いだら、セレナータの瞳みたいな青空が広がってて綺麗だった。
ああ、とても自由な感じだ。
俺、攻略団をやめて良かったなぁ……。