聖剣少女
俺はダンジョンボス部屋の壁に空いた穴の縁に腰掛け、剣を取り出す。
「なあ、俺に話しかけるのはお前なのか?」
古剣だ。
鞘は短く、肘から指の先ほどの長さしかない。
――はい、ご主人さま。私は伝説の聖剣セレナータです。
「本当に伝説の聖剣か? どう見ても古い剣なんだけど」
――それでしたら、一つ魔法をお見せしましょう。
そう言うと、鞘から光の粒子が浮かび、俺の隣に集合する。
「お、おお……」
感嘆が漏れた。
なにせ、とんでもない美少女が目の前に現れたからだ。
「お前すごいな。女を召喚する魔法を使えるのか?」
美少女はその場に跪いた。
ゆるいウェーブの青髪が、はらりと束になって揺れる。
「いいえ、私が伝説の聖剣セレナータなのです」
傍らの美少女がそう告げる。
嘘かと思ったが、その無機質な音声は疑いようがない。
「お前が? 若い女にしか見えないけど」
「はい、ご主人さま。私は伝説の聖剣セレナータに宿る精霊です。使い手を選び、契約を交わし、その相手を唯一のご主人さま《マスター》として私を振るうことを許可します」
長セリフを噛まずに言い切った。
話を要約すると、剣の錠前というところか。
世界にはまだ知らないことがたくさんあるんだな。
「それはそうと、頭を上げてくれないか?」
「はい、ご主人さま」
「……ほう」
えげつない程の美しい顔面だった。
瞳は青空を映したような、偽りのない色をしている。
彼女は目をぱちくりとさせる。
……う、見とれてしまった。
「ゴホン! ええと、伝説の聖剣か。伝説も聖剣もよく分からないが、よろしく頼む。俺はロンド。今まで荷物運びをしていたが、今日から剣士だ」
「私は伝説の聖剣セレナータ。ご主人さまの剣です」
「ロンドでいい。ご主人さまというガラじゃない」
「いいえ、ご主人さまはご主人さまです」
「そうか……」
意外と融通がきかないんだな。
「じゃあ、お前のことは何と呼べばいい?」
「ご主人さまのお好きなようにお呼びください」
「じゃあセレナータと呼ぶ。それでいいな?」
「はい」
セレナータは恭しく片膝を付く。
すると、彼女の青い髪が淡い燐光を放った。
いや、朝日が昇って、それが彼女の非現実な美しさを彩ったんだ。
山の向こうから差し込む朝の光は、この魔法国の大地を明るく照らす。
俺たちは塔の上から見下ろす。
……こんなに高くまでダンジョンを登ったんだな。
このダンジョンは塔の形をしている。
そこから見渡す限りは、黄緑色の草原だ。
「なあ、セレナータ。あの太陽が昇る先に何があると思う?」
「この大陸の東側です」
「もっと先、大陸の最も東にあるものは?」
「魔王城です」
即答する。
この世界の地図は一つの大陸絵巻だ。
西の魔法国から東の魔王城までが描かれている。
「じゃあさ、魔王城の先に何があるんだろうな?」
「すいません、分かりません」
他意はないのだろう。
地図に載っていないものは知らない、という感じだ。
「俺は魔王城の先を見てみたい。そこには何があるんだろう?」
俺は国を出た。
なぜなら俺の生まれた国は魔王城へ挑戦することが禁じられていたからだ。
「ご主人さまは地図の果てを見てみたいのですね」
「地図の果て。そのとおりだ。セレナータ、お前もついてくるか?」
セレナータは「はい、ご主人さま」と返事した。
何だか仲間ができた気がした。
「そういえばセレナータはどこの国の生まれなんだ?」
「すいません、覚えていないのです」
「そうか……。魔法を使えるし魔法国か、それとも鉄具だし大砲国か? いや、古いから森林国かもしれないな」
セレナータはどれにもピンとこない様子だ。
「記憶がないのか? 他に覚えていることは?」
「すいません、分かりません」
セレナータは表情一つ変えずに答えた。
淡々と話すから、いまいち何を考えているのか見えないけど。
たぶん嘘はついていないと思う。
……ふむ。
魔王城に挑戦するにも一度ギルドに行って、また攻略団を探さなければならない。
「決めた。次の目的地は魔法国の王都だ」
俺は塔の最上階の穴から落ちない程度に身を乗り出して北を指さした。
草原の先、遠くで青く見える大樹が魔法国の王都である。
「もしかしたらお前の詳しい情報が手に入るかもしれない」
自分が使う剣のことは少しでも知っておきたい。
今日から俺は剣士になったんだ。