もう遅い
俺は呆気なくダンジョンボスを倒した。
いつの間にか鞘が復活してそこに収まっている自称聖剣の力を訝しがっていると、背後からゴソゴソと物音が聞こえた。
振り返ると、団長がダンジョンボスのドロップアイテムを回収しているところだった。
おいおい、他にやることがあるだろ……!
ダンジョンボスは消した。
なら次は倒れた仲間の無事を確認しろよ。
いったい何を……、ん?
団長はなます切りにされたボスの腹から驚くべきものを取り出していた。
とんでもなく大きな虹金だ。
金より希少価値がある虹色の黄金である。
「ちぃ、拳ひとつ分か。しけてんな」
何を言ってるんだ、あいつは。
それだけあれば10年は遊んで暮らせるぞ?
ああ、そういえばダンジョンボスのドロップの確認は団長ひとりでやっていたよな……。
まさか……。
「団長!」
「まだいたのかお前」
虹金にほころばせた顔は俺を見るなり豹変する。
「お前がそんな力を隠して持っていたとはな」
「……」
言い返せない。
それを好機と見たのか、団長の口元がゆるんだ。
「お前のせいで仲間が死んだんだ」
この期に及んで俺を責めるというのか。
団長も同罪だ。
だけど、ここで言い返しても意味がない。
ボス部屋に来て団長を切りつけようとした時、剣が抜けなかった。
そのときに相手にしても無駄だと決めたはず。
奴の見え見えの挑発に乗るほど俺も冷静さを欠いていない。
「フン、まあ仲間はいい。俺様はまた仲間を集めなきゃならない。この報酬で雇えるはずだ」
団長は手にもった拳大の虹金を見せつける。
「俺様がいれば最強攻略団の看板に変わりないしな」
は? 団長は何もしてないだろ。
「団長が持っている虹金はそれだけあれば10年は遊んで暮らせる。今までもそれだけの虹金を回収したのか?」
「ああ」
「その報酬がメンバーに支払われてるとは思えない」
1年、この攻略団にいた。
荷物持ちとはいえ命の危険が伴う仕事だ。
町で暮らすより給料が良いが、決して贅沢したり働かずにいたりできるほどの金額じゃなかった。
「なんだ、もっと金をくれってか?」
「違う! 団長は報酬を不当に配っていたんじゃないのか!?」
「ああ。若いてめぇに一つ教えてやる。人は少し苦しい方が働く気持ちになるんだよ」
つまり、俺たちは騙されていたのか?
俺がこの団に入ったのは金で苦労していたからじゃない。
「魔王の討伐は……」
「そんなの無理に決まってんだろ! ガハハ!!」
ボス部屋に笑い声がこだまする。
ああ……。
俺はこの1年を団長のせいで無駄にしてしまった。
魔王城攻略を目標に掲げた唯一の攻略団だと思ったのに……。
「ロンド荷物運び。いや、ロンド戦士。お前の強さは本物だ。どうだ、俺様と一緒にひとヤマ儲けねえか?」
「……ざけるな」
「あ?」
頭の中で袋が破裂するような、ブチッ、と音がした。
「ふざけるな! 俺は金のために戦ってるんじゃない! それにこの団もやめる!」
怒号が反響した。
ああ、俺はこれほどまでに激高できるのか。
頭がスッと冴えた。
団長は俺の声にも物怖じしない。
もちろん俺がまだ若いから、大の大人が怖がるわけないと分かっているけれど。
「はは、金のことは今まで黙ってて悪かったよ。でもお前だってその強さを黙ってたろ? あおいこだよ」
「何がおあいこだ!」
俺の怒りに呼応するかのように、
ズズズ、
と地響きがした。
「なんだ!?」
団長が虹金を仕舞いながら悲鳴を上げた。
ボス部屋に空いた穴からモンスターが1体湧いて出てきた。
肌が緑色の巨人だ。俺の背丈の倍はある。
「他のフロアの雑魚か!? 俺様に近づくな!」
そんなに強いモンスターじゃないのに、団長はあわてふためている。
団長が何もしなかった理由……。
符号がつながった気がした。
「おいロンド! 早くこいつなんとかしろ!」
「自分で何とかしたらどう?」
「てめえ! 団長の俺様の言うことを……、うわやめ」
緑肌の巨人が団長の胴を握って持ち上げる。
団長は情けない悲鳴をあげた。
「どうしたんですか、団長? 得意の魔法で振り払わなきゃ」
「グギギ……。俺様を……、助けろよ……、うっ」
あの巨人、見た目通りの筋力がある。
すでに肋の数本はやられただろう。
「助けろだと? 自分で助かればいいじゃないか」
「グググ……。俺様のっ……、魔法はぁっ……」
歯を食いしばりながら、うめき声混じりに述べる。
「人をっ、騙すのにしか! 使えんのだっ!」
俺やあれだけ強かった仲間たちが、どうして騙されたのか。
これが答えだ。
「頼む! ロンド、いや、ロンド様! 助けてっ、くださいっ! ま、また仲間になりましょう!! だから」
「……」
バキバキと骨が折れる音がする。
これ以上は男の身が保たない。
俺はこのまま団長が死んでくれてもいいと思った。
でも、それはあの声との約束に反するのだ。
――では契約してください。
――あなたは人が死ぬのを見過ごさないために剣を振るう、と。
――その対価に伝説の聖剣セレナータは力をお貸ししましょう。
俺は自称伝説の聖剣セレナータに手をかける。
また鞘から抜けないなんてことないだろう。
巨人がもう片方の手をこちらへ伸ばす。
【輪剣術立待突】
立ちながら待っているうちに突きが決まるシンプルな居合技だ。
巨人は肉塊となり、団長は地面に転がった。
――素晴らしいです、ご主人さま。
そんな声が聞こえた。
地を這う団長はズルズルとこちらへ体を引きずっていた。
いや、違う。
目線は俺の足元に落ちているこの虹金だ。
俺はそれを拾い上げる。
「これは俺がもらっておく」
「てめえ、俺様のだ……、ググッ、痛ぇ……」
怒鳴ろうにも力が入らないといった感じだ。
ざまぁみろ。
本当はお前なんか助けるつもりなかったんだ。
でも、やっぱり目の前で人が死ぬのは目覚めが悪い。
「ロンド、俺様たち仲間だろ? なあ、やめるなんて言わず、また仲間になろうぜ?」
この男はどこまでも俺の心を逆撫でする。
金しか考えてない。
俺はもううんざりだった。
「この虹金は俺のものだ。団はやめる。今さら仲間になれだなんてもう遅い」
この日、俺は1年所属した攻略団をやめて、自称伝説の剣と共に新しい冒険を始める。
攻略団追放編 ~完~
ここで攻略団追放編は一区切りです。
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