追放
~魔法国 塔ダンジョン 最上階フロア~
「魔法を使えない奴など追放だ」
……は?
何を言ってるんだ、団長?
俺は団長ともう片方の人物を交互に見る。
団長がそう告げた相手は最近パーティに入った剣士の青年だ。
青年は深い傷を負ってダンジョンの床に膝をついている。血が滴っていた。
「待ってください、団長! せめて治療を。彼はよく戦った。魔法が使えなくたって……」
「うるさい黙れ!」
「……ッ!」
団長の強い魔力に思わず息を呑む。
18の俺は彼の圧に耐えられるだけの度量は、まだない。
続けて団長は俺を見た。
「ロンド、我々の目的は何だ?」
「魔王を討伐すること」
「そうだ。魔法も使わずどう戦う?」
「う……」
言い返せない。
団長は地べたに膝をついた剣士に杖を向ける。
「どうやったか知らないがな、こいつは魔法を使えると偽ってウチに入った。使えないなら出ていく。そうだろう?」
だけど!
「そ、そんなことを言ったら……」
「言ったら? 何だというんだ、ロンド荷物運び?」
ダメだ。言えない。
俺も本当は魔法を使えないだなんて。
「なんでも……、ありません……」
思わず両手を握り込んだ。爪が手のひらに食い込む。
ああ!
俺は自分の保身のために仲間を見捨てる男だったのか!
「フン、魔法を使えない者に分ける魔力なんて1MPもねぇんだよ」
団長は青年に背を向ける。
思い出したように首だけ振り返った。
「金になりそうなものは回収しとけよ、ロンド荷物運び」
こいつ……。
俺は青年に駆け寄り、ダンジョンの床に落ちた剣を差し出す。
ずいぶん古びた剣だ。
「お前の剣だろ。なあおい、なんで魔法が使えないのにここに来たんだ……」
俺も人のことは言えない。
せめて荷物運びとか肉体労働で補える職で入れば良かったのに。
ただ、彼が魔法でしか倒せない魔物を倒していたのは見たことがある。
団長は他のパーティメンバーと合流したようだ。
仲間たちの一部はこちらを見るが、見て見ぬ振りをする。
いやな連中だ。
でも、彼らの武力なしに魔王城に行く俺の悲願は果たせない。
その時、服のそでを引っ張られる。
「ゲホッ……、お、おい、ロンド少年」
振り向くと青年が血を吐きながら俺を見上げていた。
「ば、ばか! じっとしてろって! 死んじまうだろ!」
「いい、……ゴホッ、いいからこれを!」
青年は差し出した剣を手に取り、鞘のまま俺に押し付けた。
「え?」
「……受け取れ」
「なっ、何言ってんだよ! 剣士の剣は魂だろうが!!」
青年がフッと笑みをこぼした。
「笑うな! お前、ここで死ぬつもりかよ!?」
「ゼェ、ゼェ……。合点が、いった。まさか荷物運びをやってて、ゲホッ、ここまで若い少年とはな……。フッ、親友の話は、……本当だったん、だ……!」
青年はより強く剣を押し付ける。
質素な木の鞘に入ったそれは重たく、神聖な気配を漂わせた。
ああ、ダメだ。
この剣士の血が止まらない。
剣を渡す腕を伝って俺の服まで血が染みてきた。
「合点とか話とか何なんだよ! 俺はこれを受け取れねえ。受け取る資格がねえ!」
「ふっ、あるんだよ。ハァ、ハァ……」
「ないよ、だってそれはお前の魂なんだぞ……!」
「あるんだよ! 少年はこれに……、魂と! そう言ってくれた!!」
……!
「少年、剣士の剣を魂だと言う君は、剣士……なんだろう?」
肩で息をしながら青年は尋ねた。
もう彼の目は光を失っている。でも、俺の腹に剣を押し付ける力に緩みはない。
剣士。
この世界から消えた職。
剣の扱いは嗜みとしてしか残らず、今なお剣士と自称する人物を俺は久々に見た。
嘘を吐いても仕方がなくなってしまった。
「そうだよ。俺は剣士だ。でも……」
「ハハッ! そうか! ゲホッゴホッ……、我が同胞、隠れ剣士の間で誇りなんだ、君は」
吐血する。鮮血が俺の衣を赤く染めた。
「最強の魔王城攻略パーティに属する唯一の剣士!」
俺は押し付けられた剣を握る。
「だからこれを君に託す。会えて……」
ズル、と青年の身体が傾く。
「良かった」
青年の身体が急に軽くなった。
「おい」
いや、押し付ける力が抜けたんだ。
「おい!」
代わりに、無骨な重さが俺の手に残った。
「ふざけんなよ……」
いろいろな思いが湧き上がって泣きそうだった。
過ごした時間は短いが、青年は仲間だった。
それを! あいつは見殺しにした!!
でも! 俺は団長以下だ!
我が身かわいさに彼が死ぬのを見て見ぬふりをしようとした!!
「ああああああああ!!!!!!!!」
俺も団長も同類の最低だ!
ドン!
轟音とともに大地が揺れる。
俺の行き場のない苛立ちが大地を揺らしたのかと思った。
しかし、どうやら団長たちが去った方から聞こえる。
「次から次といい加減に!」
きっとダンジョンのボスモンスターだ。
あいつら俺たちを放って先に進みやがった。
俺は行かなきゃならない。
息絶えた青年をそっと横にする。
胸に預かった剣を添えようと思って、やめた。
「はぁ。剣の道は捨てたつもりだったんだけどな」
託された魂を置いてはいけない。
ひさびさに剣を握る。
「それにしてもふしぎな剣だ」
受け取っておいてアレだけど。
鞘は木製、柄もさしておかしな点はない。
なのに手にするだけで胸のむかつきが鎮まってくる。
いつのまにか苛立ちは鳴りを潜めていた。
轟音のした方へ向き直る。