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神の箱庭の外側に  作者: 久音
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序章

 物質世界の裏側に存在する魔界。人間や下級の魔物では漂う瘴気のみで五分と保たない常闇の世界である。この魔界に於いて活動可能な者は、悪魔や邪竜、地獄の番犬といった高位の魔物だけ。


 広大な魔界の中心に建つ巨大な古城は魔王の住処であり、許可なしに立ち入ろうものならばあらゆるものを消し去る結解に阻まれ消滅してしまう。仮に結解を突破したとしても配下の手により即刻消されるだろう。魔王の配下は優秀なのだ。


 荘厳にして巨大、且つ広大な城内のとある一室が魔王の私室である。その私室で、窓辺の椅子に腰かけ水晶を覗き込む男がいた。この男こそ、『七柱』の内の一角、魔王ルファールであった。


 『七柱』とは傲慢、憤怒、嫉妬、怠惰、強欲、暴食、色欲の最も重いとされる七つの罪を体現する悪魔の総称。七柱に序列は存在しないが暗黙の了解で、傲慢と憤怒は別格とされている。傲慢と呼ばれるルファールは自尊心の強さ、言い換えれば誇り高さと、率いる配下の数や質、そして魔力から、最も忌避すべきとまで呼ばれている。彼の誇りを傷つけて生還した者はある一人の男を除いて他にはいない。


 魔王ルファールは水晶を眺め、つまらなそうに顔を顰めた。


「・・・・・・死んだか。人間は本当に死ぬのが早いな」


 テーブルに置かれた薄水色の水晶にはベッドに横たわる老人が映されていた。嘗て歴代最強と称され、信頼する仲間と共にルファールの居城へやって来た、勇ましい若者の今の姿。たった四十年程前の出来事であるが人間からすれば昔の話であり、過ぎ去った栄光でもあった。


 勇者と呼ばれたその青年は人間とは思えぬ程の魔力を持ち、思わず見惚れてしまう剣捌きと不屈の精神でルファールを苦しめた。しかし魔王を名乗る以上、無様な姿は晒せぬとの誇りから、ルファールも全霊をかけて迎え打った。戦いは三日三晩続き、地力の差から遂に勇者が膝をついた。このまま続ければいずれ自分が負けるのは目に見えている。ならばせめて、と勇者は取引を持ち掛けた。


「魔王ルファールよ、俺と取引をしないか」

「取引だと・・・?」


 口の端から血を流し、痛みを訴える全身に鞭を打ちながらも声は震えない。勇者として人間の、人々の希望を背負うが故に。


 今にも崩れ落ちそうな状況で何を、とルファールは不審に思うが少しばかりこの勇者を認め始めていた為、興味を引かれた。


「聞こう。取引とは何だ」

「今後一切、こちらの世界に手を出さないで欲しい。代わりに俺の魂をお前にやろう」

「貴様の魂程度で私を止めると?条件を呑んだとしてもこちらは私の他に後六人の魔王がいる。無駄なことだ」

「分かっている。・・・それでも七柱からお前を一人除けるだけでも脅威は減る」


 輝きを失わぬ真っ直ぐな視線で魔王を見つめる。魔王となって数千年、これ程に純粋な目を向けられたことはなかった。否、ただの悪魔である頃から己の力は突出し恐れられ、他者と真面に顔を合わせた記憶は無い。ルファールは唇を弧の形に歪めた。


「いいだろう。貴様の勇気に免じ、私は今後物質世界を侵略しない」

「・・・本当か?」

「ああ。だが、悪魔と取引をするのだ。契約は結んで貰うぞ」

「勿論それは構わない」

「では契約だが・・・・・・貴様は少し魔力を使い過ぎている。多少回復させねばな」


 殺し合いをしていたとは思えない軽快さでルファールは勇者に歩み寄る。無造作な動作に驚きはしたものの、体力と魔力の消耗から一歩も動けない勇者は見ているだけだ。数歩先で足を止め、片手を翳す。すると掌から淡い光が発せられ、切り傷や痣のみならず骨折までが瞬時に完治してしまった。更には底を尽きかけていた魔力さえ通常の半分に回復したではないか。


 勇者の目が大きく見開かれ、ルファールの造形の整った顔を見上げた。


「何故・・・」

「何故?契約には魔力が必要だ。序に言えば魔界から出る際にも使うだろう」

「お前は、この世界から戻ることを許すと?」

「どうせ人間の命は短いのだ。精々楽しめ」

「・・・・・・・・・可笑しな悪魔だ」

「その可笑しな悪魔に取引を持ち掛けたのは貴様だ」


 笑みを交えて言い返すと勇者も疲れを滲ませて笑った。


「さて、立てるようにはなっただろう。立て」


 向かい合い目を合わせ、そしてルファールが口を開く。それは悪魔の契約。契約の内容に提示された報酬は勇者の魂。その魂を縛る為の契約でもあった。


「“汝の願いを聞き届けよう。願いを言え”」

「我が願いは、悪魔が我等の世界を侵さず、我等が安寧を得られること」

「“対価を”」

「対価は勇者たる我が魂を」

「“汝の命が潰えた後、汝の魂は我が物となる。誓うか”」

「誓おう」


 ルファールが契約の口上を口にし、指先を勇者の心臓の真上に当てる。指先に浮かび出た歪んだ黒の文字にも鎖にも見えるそれは体内に吸い込まれ、見えぬ所で魂を覆った。清廉な輝きを放つ魂を覆い隠す鎖は一部の光も漏らさず、勇者が死した後は魔王の元へと還る。見届けたルファールはゆっくりと視線を戻した。


「終わった、のか?」

「ああ」

「・・・不謹慎かもしれないが、やけにあっさりしているな」

「苦しみたかったのか。物好きな奴だ」

「待て。その言い方は良くない。俺が被嗜虐趣味があるように思われるだろ」

「覚えておこう」

「おい、本当に違うからな!」


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