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クリスマス・リサイタル  作者: 舞夢
9/13

コンクールでの栄光と二人

音楽大学も三年生の後半となり、史は春奈を通訳、付き添いにして、主にドイツを中心としたコンクールに出場するようになった。


出場費用や現地の宿泊費等は、将来有望の奏者ということで、音楽大学が出してくれたので、ほぼ史の負担はない。


ただ、史と春奈にとって気がかりだったのは、ホテルでの部屋が別室であったこと。


そのことについて、お互いに一歩踏み出せないもどかしさがあるが、史にとって春奈は今でも「憧れ」の人であるし、春奈は、自分が大学職員という「公務」ゆえ、史に通訳を兼ねて付き添っているのである。


どうしても一歩が踏み出せない、お互いがもどかしかった。




それでも通常の会話はある。


「うん、さすが教授の力ね」


「日本国内でも影響力が強いけれど、海外にも評判が高い」


「教授自身が、かつてドイツで演奏家として名を馳せたことも大きいわね」


春奈の言う通り、コンクールを開催する各都市に、教授の知人や弟子が住んでいた。


そして、史と春奈が到着すると同時に出迎えてくれる。




その現地でのコンクール前には、そこの音楽大学のピアノを貸してくれて十分な練習を行うことも出来た。


そのため、当初はカルチャーショックで思うようにピアノを弾くことが出来なかった史も、次第に本領を発揮し始めた。




「うん、さすが教授に徹底的に鍛えられたことはある」


「演奏が全く乱れない」


史の演奏は、少しずつ着実に審査員の印象を良くした。


そして次第に一位とまではいかないが、三位に入賞することが多くなってきた。


また、几帳面ながら、どこかに味のある演奏スタイルがコンクールの審査員や聴衆に評判が広まっている。




「今日もドイツ料理・・・」


「ごめんなさいね、和食の店は無いし、この間行った中華料理もひどい味付けだったから」


春奈はしきりに頭を下げる。


確かにドイツ料理は、鳥とジャガイモ、キャベツ程度の素材で、味付けも塩コショウぐらいしかない。


あまりにも単調な料理で、史の食欲も減ってきている。


ただ、食欲が減っているのは、史だけではない。


春奈も、ドイツ料理には限界を感じていた。


そして次第に史も春奈も、体調不安を覚えるようになった。




「教授、済みません」


思い切って春奈は、日本にいる教授に相談をかけた。


史と春奈の体調に自信が持てなくなったことから、一度日本に戻りたいと願ったのである。




「うん・・・少しずつ実績も出しているし、問題はないが・・・」


教授も二人の様子を本当に心配していた。


しかし、教授としては、もう少し実績が必要だと考えているようである。




「どうかな・・・最後に、あのドイツのコンクールに出て見てもらえないか」


教授は最期にもう一つと粘った。


そのコンクールは、ドイツはもとよりヨーロッパで有数の権威を誇り、三位入賞だけでもヨーロッパ全体で将来を確約されるものである。


そのために、かなり優秀な奏者が多く集まる。


教授は、最後にレベルの飛び切り高いコンクールに出場させたかった。


しかし、教授としては、体調が崩れつつある史の成果については、ほぼ期待はしていなかった。


そもそも今回のドイツを中心としたコンクール出場の旅も、世界のレベルを知るだけでもいいと考えていたのである。




「どうする?史君」


春奈としても、史の体調が悪いことを把握している。


それほど体力がない史に無理をさせてまでは、出場させたくないと思っている。




「うん・・・最後と言うのならば出るよ」


「課題曲もベートーヴェンだし、何度も弾いたことがあるから」


春奈の心配をよそに、史はコンクールへの出場に踏み切った。


そして、教授が紹介した音楽大学で、死にもの狂いの練習に励んだのである。





「おめでとう・・・」


「信じられない」


「今までのコンクールとも練習とも全然違う」


「本当に、すごい演奏だった」


史がコンクール本番の演奏を終えて、舞台袖口に戻った時には、春奈が泣いていた。


聴衆も総立ちの拍手となった。


審査員も、当然のように史を一位として表彰を行った。





史と春奈がコンクール一位の実績を携え成田に着いた時は、教授をはじめ、教授の弟子たちが出迎えた。


マスコミも空港に数社、取材に来た。


ただし、取材を受けるのは常に史である。


付け加えて教授が、多少、幼少時からのレッスンの話をする程度で、献身的に史に付き合った春奈には、一切の取材がなかった。




「まあ、仕方ないよ」


「実際に演奏をしたのは史君だから」


「春奈君の努力には、本当に感謝しているよ」


教授から春奈に、ことあるごとに慰労の言葉がかけられる。




「いえ・・・大学職員として、そして史君の先輩として、当たり前のことをしただけですから・・・」


春奈の返事は決まってこれだけである。


日本に帰国後の史に、ドイツ音楽を中心としたコンサート出演の話が、数多く申し出がある。


史も本当に、忙しそうである。


そんな史に、ドイツ音楽ではないショパンしか教えることのできない春奈は、次第に自ら距離を置くようになってしまう。




そして、どうしても引っ込み思案から抜け出せない史は、電話をかけても、そっけない春奈の態度に落胆をしてしまい、既に電話も出来なくなってしまった。




「そうか・・・」


教授は、あまり楽しそうな顔をしない史と春奈が心配である。


教授としても、二人の仲が変化したことを感づいている。


しかし、史は演奏家として、かなり忙しくなっていることも事実である。


教授も、うかつには史に声をかけられない。


そしてそんな状態のまま、ついに史の卒業と、本格的なプロデビューを迎えたのである。

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