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クリスマス・リサイタル  作者: 舞夢
8/13

ヨーロッパへの挑戦と春奈

その後の三回のコンクール出場も全て良い成績を収めた。


調子が少し悪い時でも三位、他の二回は一位の成績となった。


そして教授の言う通り、三年生の後半からヨーロッパのコンクールに出ることが、音大の方針で決定されたのである。




「うん、史君の努力が、認められたのさ」


「いつかはヨーロッパのコンクールでも賞を取るだろう」


「そうなると活動拠点をヨーロッパにするか、日本にするか決めなければならないね」


「それにスポンサーも見つけなければならない」


教授の口からは、早くも史のプロ化を意識した言葉も出始めている。




しかし、その言葉を聞く史の表情が、あまり浮かない。


何しろ教授が、その類の話をするだけで、史は顔を下に向けてしまうのである。


この表情の変化は、すぐに教授の気の付くところとなった。




「そうか・・・」


「浮かない顔になるのは・・・」


教授には容易に史の気持ちがわかってしまう。




「史君、春奈君のことかい?」


教授には、春奈が史にとって「心の支え」であることは、わかっている。


それ故、長期間春奈と別れる不安が、史の心を暗くしていると判断した。


また、既に大学四年生となった春奈は、史に今後のことを何も告げていなかったのである。




「大丈夫だよ、心配はない」


教授は史の肩を叩いた。


教授は笑っている。




史には教授の言葉も笑いの意味も理解できない。


「史君、直接、春奈君に聞いたらどうかね」


教授は自分から直接は言わないようである。


あくまでも、春奈の今後と、史の将来に関係することであるから、直接本人同士で話せばいいと言うのである。




「わかりました」


史も、教授に聞くことはやめた。


教授の言う通り、本人に聞くのが一番だと思った。


ただ、自分の前から春奈がいなくなるという結論だけが、怖かった。


一か月も、眠れない夜が続いた。


史として、直接聞き出すのが正解とはわかっていた。


しかし、もともと引っ込み思案の史には、なかなか切り出すことが出来なく、夜も眠れなくなってしまったのである。




既に十二月になった。


史にとって何も聞きだせないままである。


それでも、このまま眠れない夜を過ごし続けるわけにはいかない。


ショパンの練習の後、本当に震えながら春奈に聞いてみた。


最初のコンクール前より、緊張してしまった。




「・・・春奈さんは・・・これから・・・」


史自身が恥ずかしいと思うほど、声が震えてしまった。


そして史自身が顔を上げることが出来ない。




「どうして下向いているの?史君」


震える史を前にして、春奈は不思議そうな顔になる。




「よくわからないけれど、史君が震えていると、私も緊張しちゃうしさ」


「お願い、顔あげて、史君の顔も好きなの」


春奈の声は柔らかい。




史は、本当に震えながら顔をあげる。


もし、春奈がどこかに就職などして、自分の前からいなくなる、そんな話になったら、この場で立ち上がれなくなる。


そうなると、ヨーロッパのコンクールなんかどうでもいい。


春奈は「憧れ」であって、恋をする相手ではないと思う。


それでも、いなくなることは、自分にとって死刑宣告に近いことなのである。




「ねえ、そんな自信がない顔しないで」


春奈は笑った。




「それに先生にも言われなかった?」


「それとも、何も聞いていないの?」


春奈は不思議そうな顔をする。




「うん、自分で聞きなさいって、一か月前に言われました」


春奈のあまりの不思議そうな顔に、思わず事実を言ってしまった。




これには春奈も黙り込んでしまった。


「もう・・・全く・・・」


しきりに同じことをつぶやいている。


しかし、春奈の考えている内容がわからない。


史にとっては、未だに断頭台の上に心があるのである。




「そうか・・・それで悩んだ顔をしていたのか」


「ごめんね、しっかり言わなくて」


「悪かったね、謝るよ」


突然、春奈は史に謝った。


史としては、全く内容がわからない。


謝られる理由もわからないのである。




「あのね・・・」


春奈は笑っている。




「はい・・・」


笑う春奈を前に、まだ史は緊張が解けない。




「心配しないでいいよ、ずっと一緒だから」


春奈は不思議なことを言った。




「え?」


史は、理解が出来ない。




「あのね、私来年から、ここの音大の職員になるの」


「それから史君、来年からヨーロッパに行くでしょ」


「史君、英語の成績が悪いから、私が付き添うの」


「だから何も心配しなくていいよ」


「わあ、史君についてヨーロッパなんて、最高だなあ」


春奈はそう言って笑っている。




「・・・」


史は何も返すことが出来なかった。


そして、緊張感からの突然の解放と、「憧れ」の春奈と一緒にヨーロッパに行ける、そのことの幸せに包まれていた。

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