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クリスマス・リサイタル  作者: 舞夢
2/13

史の過去

史は小学生になった時からピアノを習い始めた。


両親が音楽家だったことも、その理由である。


父はオーケストラでヴァイオリン、母はヴィオラを弾いていた。


慎ましいながらも安定した幸せな子供時代を送った。


史のピアノのレッスンは両親の懇意のピアニストが受け持った




両親も多少はピアノが弾けるが、ほとんど家庭内では指導はしなかった。


レッスンを頼んだピアニストが史の才能を見抜き、とにかく「プロ」になるまで面倒を見ると言い張ったのである。


確かに両親から見ても、史のピアノは興味が惹かれた。


我が子であるという「ひいき目」を懸命に外しても、不思議に心に響くものがある。


ピアノの技術そのものは、成長過程であったが、史の紡ぎだす「音楽」そのものが、心を捉えるのである。




「ねえ、この子も音楽の道でいいかなあ」母


「うん、厳しいけれど」父


「ピアノならクラシックだけでなくて、他の音楽でも応用がききやすいし」母


「ああ、先生にもお願いしておくよ」父


「コンクールに出て入賞して、有名になって、そういう方向がいいかなあ」母


史も父母の期待する声を聞いて育ち、期待に応えられるよう、懸命にレッスンに励んだ。




父は史が高校一年生の時点で、ピアニストに音大入学を相談した。


そのピアニストが目指す音大で助教授をしていたことも理由だった。


助教授の答えも全く両親と、ほぼ同じであった。


「うん、史君なら、そのほうがいい」


「少し引っ込み思案なところがあるから、激烈なサラリーマン社会では、埋もれてしまうだろう」


「ただ、他の音楽には、進ませたくないなあ・・・」


「音楽コンクールとか、どんどん出して賞を取らせたほうがいい」


「そこで、名前を売って売り出すんだ、その過程で技術も磨かれる」


「日本だけでなくて、あちこち、特に史君の音楽性ならドイツ系かなあ・・・どう聴いてもチャイコフスキーは向かないけれど」


「わかった、飛び切りの推薦状を出しておくよ」


史のレッスンを受け持っている助教授は、国内外で演奏家として有名であり、指導実績においても多数の著名ピアニストを輩出している。


その助教授の推薦状によって、史の音大入りは高校二年生の四月には、「内定」となった。


そして、その内定と同時に、ピアノのレッスン場所が、二年後に入学する音大のレッスン室に変更された。




「うん、史君ね」レッスンを終えた史に、助教授はいつも満足そうな顔をする。


「本当にバッハ、モーツァルト、ベートーヴェン、ブラームスまで、よく弾けるようになった」


「多少、ベートーヴェンで、力強さが不足することもあるけれど、それは君の体力がついてくれば大丈夫だろう」


「そしてね、まだ今の段階では、ドイツものに特化して練習をしよう」


「ショパンやドビュッシー、ラベルは大学に入ってからでもいい」


「特にショパンは恋をしないと難しいかな」


助教授は、そう言って史にはドイツ系以外の音楽の指導は全くしなかった。




しかし、史に音大進学を勧めた両親は、高校二年生の六月に同時に世を去ってしまった。


高速道路運転中の事故、それも前を走るトラックの横転に伴い巻き込まれてしまったのである。


史は、兄弟がいない。


両親の親は既に亡くなっており、また兄弟もいなかった。


それ故、両親の所属する交響楽団や助教授に手伝ってもらい、葬儀は何とかやり終えた。


相続手続きも、交響楽団の事務方に税理士や司法書士を紹介され、済ますことができた。


相続人は史だけであり、当分困らないだけの住宅や資産は史のものとなった。


ただ、史にとって、この世で一人きりになった事実は変えようが無い。


不慣れな家事も一人で全部しなければならない。


授業帰りに、よくわからない自治会の会合に出ることもあった。


そのたびに、史を指ささないまでも、陰口を聞く。




「まあ、高校二年生で親を亡くしたんだって」


「財産もかなりあるみたいだよ」


「じゃあ、生活は困らないね」


「でも、どうなるんだろう、ちゃんと自治会の活動できるのかな」


「ピアノを弾いているみたいだけれど、俺たち演歌しかわからないな」


「どの道、わたしたちには関係ないさ」


「両親だって、演奏会って言って、あまり自治会には顔出さなかったもの」


「お高いよね、音楽家って」


「庶民を馬鹿にしているのかな」


「おヴァイオリンとかおヴィオラ、おピアノ・・・バカバカしくて笑っちゃう」


「だって奥さん近所のスーパーなんかで見たことないよ」


「ああ、いつも紀伊国屋とか、明治屋とからしいよ」


「ビニールゴミに入っている袋がそうだもの」


「あなた、そんなゴミ袋まで見ているの?」


「うん、だって気に入らないもの」


「お高い人って、思っていたし、おとしいれたくてしょうがなかった」


「そりゃ、貴方みたいな百均専門家とは、違うわよ」


「そこまで言うことないじゃない。あなただってバーゲン横入りの女王じゃない」


「まあ、高校生とはいえ、自治会に出無いとね、後継いだんだから」


「授業だろうと何だろうと、欠席したら出不足料をしっかり取って」


「財産あるんだから、二倍取れ!」


「それでも出なかったら自治会長に、ガツンと言ってもらう」




史には、どう対応することもできなかった。


ただただ、あまりの無神経な言葉の連発と、大人ばかりの会合に違和感があった。


数回出席後の八月には、旧知の司法書士に頼み、住宅を売却し分譲マンションに移った。


子供の頃から親しんだ両親の家を売り払うことは、かなりためらった。


しかし、史には自治会から受ける「心労」に耐えきれなかった。


分譲マンションも、両親の家を売り払った金額で、かなり広めで設備がしっかりと整っていた。


防音設備もあり、ピアノも置くことが出来た。


しかし、何よりも史にとって自治会から受ける心労が無くなったことが、うれしかった。

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